「震災の記録に触れられる場所をつくる」2014年から現在までを写真で辿る、岩手県大槌町の震災復興記録ワールド

2011年3月11日、三陸沖を震源としたマグニチュード9.0の大地震が発生。後に「東日本大震災」と呼ばれるこの震災は、東北地方を中心に大きな傷跡を残し、多くの市民の生活を変えました。そこから15年が経ち、足並みは同じではないものの各地では復興が進んでいます。しかし当時の出来事や人々の記憶は、時間とともに少しずつ遠いものになりつつあるのが実情です。

今回紹介するのは「岩手県大槌町(おおつちちょう) 震災復興記録写真展示室」ワールド。ここでは約10年かけて撮影してきたその町の復興の様子を知ることができます。ワールドを制作したのは鈴響雪冬さんです。岩手県に移り住んだ2014年頃から現在まで大槌町の復興の記録を撮影し続けてきました。

震災の記録を未来へと繋いでいく大切な場となるこのワールドを紹介します。

10年以上見続けてきた復興までの道程

「岩手県大槌町 震災復興記録写真展示室」ワールドでは、岩手県大槌町が辿ってきた復興の道のりを、鈴響雪冬さんが約10年継続して撮影してきた写真と、震災から日々キャッチしてきたその情報を通して知ることができます。同じ場所から撮影する定点撮影を行ってきたその記録から、徐々に変わっていく大槌町の様子を見ていきましょう。

徐々に復興していく街並み

最初の写真は、大槌町にある古廟橋(こびょうばし)から見た県道280号線(旧国道45号線)の様子です。2014年頃は復興事業が始まってきている時期になります。昔からある道路で本当はまっすぐに伸びた道路だったといいますが、盛土をするために仮設道路で右側に道が曲がっている状態になっています。この時に道路の脇に見えるのが盛土で、大量の高く詰んだ土によって地面を固め、これから建てる建造物の礎を作っているのです。

岩手県大槌町にある古廟橋の展示エリア
撮影した視点がわかる地図の画像

本来の高さよりも多めに土を盛るこの工程は、盛土を締め固めるために行われるもので、家などの建造物を立てる際に必要な手順です。プレロードと呼ばれる工法で、3〜6か月かけて土を締め固めていきます。

この場所は他よりも高く土が盛られており、電信柱にある広告に届きそうなほどの高さになっています。

さらに1年ほど経ち2016年6月頃になると盛土がなくなり、道になるところの反対側に新しい盛土が作られました。しばらくして道路も舗装されていきます。

そこからさらに3か月ほど経ち、家が建ち始めます。そして、2017年4月には家が完成し、2018年には家屋が増えるといった街の賑わいを感じさせる風景になってきました。写真をよく見ると電信柱に広告が付いており、住人が戻ってきているのを感じさせます。

2022年には、写真の右奥にドラックストアができているのが見られます。これは岩手県に根付くチェーンのドラックストアで、人が生活しやすい環境が整ってきたことが分かります。この頃になると小さな子供もいるようで、撮影した鈴響雪冬さんは人がいるのを感じて嬉しいと語りました。

そして、直近の2025年10月の写真。この頃になると震災の面影はなくなりました。舗装された道路や横断歩道の線にはヒビが入ったり、剝げていたりするところが見られるようになるなど、時間の経過が見て取れるようになりました。

このワールドでは、定点撮影した写真を現在と過去とで見比べやすくしやすいように、過去と現在が向かい合うような形で間取りが作られています。一通り見た後は、復興事業が始まった頃と現在とで見比べてみると良いでしょう。

古廟橋展示エリアの全景壁には画像が掲示されている

復興で道が変わる。地図が変わる。

古廟橋付近では盛土のために道路を曲げるといったことがありましたが、復興の工事を進めるために新しい道ができたり、またそれを戻すといったことがありました。代官所跡公園で撮られた写真には、それが目に見えてわかる光景が広がっていました。

この3枚の写真を見てもらうとそれが分かりやすいでしょう。2015年3月から2016年1月にかけての写真では、道がなかったところに舗装された道ができ、さらにその舗装を剥がされ、右わきに新しい道ができようとしています。これも盛土を行うため部分的に行われた工事で、これは写真に写っていない反対側にある人が棲む居住区の生活のために、道を絶やさないように行われています。

盛土が終わると道の下には上下水道などが敷かれ、舗装され道路になっていきます。ここまで約2年ほどの歳月がかかっています。元の生活が送れるようになるにはそれだけの時間が必要だということが展示から伝わってきます。

大槌町が見せる美しい景色

大槌町は本来自然溢れる綺麗な土地です。海に面した土地と背後の雄大な山々からなる森があり、このワールドでは震災の傷跡だけでなく、大槌町の持つ素晴らしい自然豊かな景色を見ることができます。

大槌町の景色の中でも、鈴響雪冬さんも思わず息をのんだ絶景がこの満点の星空です。海も綺麗な大槌町ですが、面積としては山の方が大きいそうです。街の明かりが届かない山の奥地で撮影したのがこの写真。大槌町が肉眼でも天の川が見られる自然豊かな土地であることがとてもよく分かります。

建物に明かりが灯る夜の大槌町
大槌町文化交流センターおしゃっちの写真

忘れないでいるより「知れる場所」に

このワールドが作られた経緯に、鈴響雪冬さんが以前制作していた被災地の写真集があったと言います。これまで多くの写真集を制作してきた中で、新しく撮影した写真とこれまで撮影してきたものを展示する方法を新しく模索していたところ、ワールドとして残すことを考えたそうです。2022年にclusterと写真展示をするためのワールド制作方法を知り、最初は2022年にclusterでワールドを作り、その後VRChatでもワールドを公開、さらにVketCloudにもワールドを公開しています。

鈴響雪冬さんのBOOTHショップに並ぶ写真集

震災の話では「震災の記憶を忘れないようにしよう」ということが多く言われていますが、鈴響雪冬さんは日常の中で無理に思い続ける必要はなく、思い出せる方法がすぐ手元にあることが大切だと考えています。いつでも手に取れるものにそのような手段があることに意義を感じ、写真集やこのワールドを制作したとのことです。

ワールドを作ってから、各プラットフォームでこのワールドを使った震災に関するイベントが開催されたり、他のユーザーが当時の話をするためにワールドが使われたり、3月11日にこのワールドを巡る方もいるといったこともあったそうです。つまり鈴響雪冬さんの本懐である、思い出す方法としてこのワールドは実際に使われているのです。

今回紹介した展示はこのワールドのごく一部です。大槌町の復興への道程を知りたい方はこのワールドへ足を運んでみてください。姉妹ワールドとして、東日本を襲った津波の高さを知る場所としてVRChatワールド「津波を刻む建物」も公開されています。さらに「雪消雨の降る頃に」というワールドでは、写真展示室ワールドができるまでの記録を残した企画展示が用意されています。このワールドの制作背景などを知りたい方は覗いてみましょう。

また、3月21日には鈴響雪冬さん自身がこのワールドを案内するイベントが用意されています。復興の流れや大槌町の変遷を踏まえた詳しい話を聞くことができます。このイベントでしか見られないパネルや聞けない解説もあるため、こちらも要チェックです。

震災の記憶は、常に思い続けるものではなく、必要なときに立ち戻れるものであってもいいのかもしれません。だからこそパソコンやスマホでも見ることできるこの場所は、とても意味のあるものでしょう。こうした場所があることで、震災の記録が未来へと受け継がれていくことを祈っています。