みなさんはアバターを購入するとき、どのような基準で選びますか?数多くあるショップの中で、VRChatの中で「踊る」表現を最大限意識したアバターを制作しているショップがあります。それが『nolilon』です。
ショップオーナーであるのりおさんは、ご自身がリアルでのダンサー経験があり、VRChat上でもダンサーとしてチームやインストラクターとして活動されています。
のりおさんはダンサーとしての経験から、よりリアルでの動きに近いダンス表現に適したアバターがないことに気づき、自ら制作を始めました。昨年発売された『踊』『匠』、そして今年の5月に発売された女性新アバター『韻(ひびき)』。どれもフルトラッキング(以下、フルトラ)適性が非常に高く、ダンスやパフォーマンスをするユーザーに評価を得ているアバターです。
今回『nolilon』オーナー・のりおさんにリアルな人体に近づけたアバターを制作する経緯を深堀りするインタビューを実施しました。のりおさんの熱いこだわりをお届けします。
目次
IK2.0アップデートが与えたアバター制作の道に進むきっかけ
──『nolilon』のコンセプトについて教えてください。
のりお ショップのオープンのときから変わらず、「VRChat内でフルトラでダンスする人向けのアバターを作る」です。同時に、VRでのダンサーたちのキャリブレーションに対する知識を高める事も、僕の活動目的のひとつです。せっかく胸部や肘にトラッカーを装着していても、それを活かした動きができていないことや、胸部や肘を動かす表現の良さに気づいてもらいたいんです。
──自分でアバターを作ろうと思ったきっかけは何ですか。
のりお 僕はVRChatを始めて、VRダンスをやっている人たちに出会い「VR空間でもダンスをしている人がいるんだ!」と興味を持ちました。2022年の新年ごろに「HaritoraX」を買って、自分でもフルトラでVRダンスを始めました。その後すぐ「VIVEトラッカー」の精度が良かったので乗り換えて今にいたります。
それから程なくして2022年の4月にVRChatのIK2.0アップデートがやってきて、肘と膝のトラッキング、そして胸のトラッキングが実装されました。僕がやってきたダンスは「Soul」といわれるジャンルで手足の動きより体幹やリズムに乗った動きを大事にするものです。
VRでやるなら「胸や肘のトラッカーもいるよね」と追加でトラッカーを購入したのですが、当時IK2.0アップデートがあったばかりで、それにきちんと対応してたアバターなんてひとつもなかったんですよ。
肘や胸のトラッキングをダンスに活かせるアバターを探し求めましたが、どれも違和感がある。当時使っていたアバターのウェイト(各ボディパーツの動ける幅)を塗り直したり、ボーン(各ボディパーツの軸)の位置を変えたりしていたら、やがてモデリングソフト「Blender」も触り始めてしまいました。「だったらもう自分で作っちゃうか」となったんですよね。それが自分でアバターを作り始めたきっかけです。
──のりおさんのルーツについてお伺いしてもよろしいでしょうか?
のりお 高校から美術を専攻していました。そこで彫刻を始めて、大学は国公立の芸術大学の彫刻科に入学。学生時代はとにかく粘土を使って、等身大の裸婦像みたいのを延々と作ってましたね。当時から「彫刻動かしたいな」って思っていたのを思い出しました。
──彫刻科での制作経験と、ダンサーとしての経験が、アバター制作に大きく影響しているかと思います。アバターを作ってみて、気づいたことはありますか?
のりお 3DCGアニメ制作のようなプリレンダーで3Dモデルをアニメーションさせるところだと、補助ボーンも含めて、僕の制作物よりもはるかに多いボーンが組み込まれて、人体を表現していると思うんですよ。それこそ肩周りとか、足回りとか、筋肉ひとつひとつに対して、リアリティを追求しているんじゃないかと思うんです。
でも、そこまでの追求はVRChatでは実現できないし、僕にもそんな技術はない。だからこそ、シルエットに関わる大きなポイントを重点的に拾う必要があって、そのときにダンサーとしての視点が役立っていると思います。
技術だけで言えば本職の方には敵わないんですが、VRChatで実践ベースでフルトラッキング環境を研究したクリエイターは、あまりいないはず。役立つかどうかはわかりませんが、その視点がわかる人に、自分が制作したアバター達を使ってもらえると嬉しいですね。
──ショップの最初の商品は「フルトラでもつま先が曲がるブーツ」でしたね。
のりお そうです。ちょうどBlenderを触り始めたころの作品ですね。フルトラになった時、床につま先を立てると、靴のつま先が曲がらなくて、接地感がなくてリアルとの違和感を感じていました。自分が欲しくて作ったものですね。
──フルトラになってみないとわからない違和感とは、どんなものなのでしょうか?
のりお 身体のシルエットに関する点だと、身体のラインとかが具体的じゃなかったり、背中がガクガクに折れ曲がっていたり、とかですね。
特に、しゃがむ動きをすると股関節や腰回りの動きの違和感がすごくて。最初はウエイトでどうにか調整をして使用したんだけど、やっぱり納得する動きになりませんでした。そこから補助ボーンに手を出すことにしました。
補助ボーンで広がったアバターの動きの可能性
──「補助ボーン」はのりおさんのアバターのキーワードだと思ってます。まず補助ボーンとはなにか、お聞きしてもいいでしょうか。
のりお 通常のHumanoidモデル(人型)のボーンではどうしても足りないものを補うボーンです。
例えば『韻』の場合は胴体のボーンを5本で構成しています。
3本だとダンスのような複雑な動きを表現する用途には少ないと感じたんですよね。猫背になったとき、胸の下に段差ができてしまい、シルエットが不自然に見えてしまうんです。
のりお 手を上げる時の肩の動きも重要です。IK2.0以前のアバターは、肩のボーンが短いものが多く、手を上げた時に腕から曲がってしまうんです。初期のアバターは肩にも長めのボーンが入っていたけれど、だんだんと肩のボーンが短くなっていったようなんです。また人体は手を上げるときに、首の後ろにある上部僧帽筋が張るんですけど、その動きも再現されてなかったんですよね。
ダンスに精通している人は、ダンサーのステップや細かいリズムの取り方を見ているのですが、そうではない人はダンサーの顔をぼんやりと見ていることがほとんどです。彼らに、首周りの動きはすごく伝わります。
自分もVRChatにきてから「より多くの人にダンスを見せる機会のあるVRChatだからこそ首を動かす表現がVR上でしたい」とずっと考えていたので、実現するためにかなりがんばりました。その影響で、『匠』にはバカみたいに補助ボーンがたくさん入った、かなり実験的なアバターになりました。
──余談ですが、『匠』にはマッチョシェイプキーがアップデートで実装されましたよね。
のりお 腕を曲げるとちゃんと力こぶできるんですよ(笑)
──リアルな人体の動きが表現されていますね。VRボクシング勢にもとても反響があったと聞きました。
のりお そうみたいですね(笑)。大胸筋も背中もいいんですよ。鎖骨、僧帽筋、大胸筋、肩甲骨、広背筋と上腕二頭筋と、とにかくたくさん補助ボーンを入れていて、全部合わせるとわけがわからない数になっていると思います。
──『匠』は制作に時間をかけていたイメージがありますが、どのくらいでしたか。
のりお コンストレイントにも本格的に挑戦しながら、半年以上は開発していましたね。情報があまりなかったので大変でした。『匠』で培った技術を女性アバターに落としこんだのが、『踊bunny』です。ヒップや股関節をきれいに見せたかったアバターでもありました。
そして、『踊bunny』はどちらかというと頭身や体型が現実世界に寄ったセミリアルなアバターでした。ここからもう少しVRChat寄りで、デフォルメされた使いやすい感じにしよう、と思って作ったのが『韻』ですね。
──コンストレイントについて教えてください。
のりお 直訳すると「制約」で、あるオブジェクトの動き(回転、位置、スケール)に対して、別のオブジェクトが影響を受けて動くようになる、VRChatでも使えるUnityの機能のひとつです。
わかりやすく、『匠』を例にしてみましょう。『匠』には、上腕二頭筋にボーンが入っています。そして、上腕二頭筋は腕を曲げた際に盛り上がってほしい。そこで、Low Armの角度の30%、その動きを継承して動くようにするんです。
股関節はもうちょっとややこしいことをしていますね。この辺とこの辺に、なんのウエイトもないボーンがつけてあって、その真ん中を取るような浮いてるボーンが作ってあります。そして、そのボーンはこことここのボーンの位置を50%くらい引き継ぐ、といった制御を組み込んでいます。
──30%や50%といった数字はどのように計算されたのでしょうか?
のりお 何回も何回もVRChatにアップロードして確認し、割り出しています。VRChatで動かさないとわからないことが多く、Blender、Unity、VRChatを、行ったり来たりして作業をしました。トポロジーを変えたり、ボーンの位置を変えたり、コンストレイントの値を変えたり……。完成するまでに確認するためのアップロード回数は、多分300回はいってると思います。
フルトラ適性とはいったいなにか。時代によって変わる定義と難しさ
──のりおさんの視点では、「フルトラ適性」の条件はどのようなものだと考えていますか?
のりお アバターのシルエットが綺麗に見えるかどうか、ですかね。手と足の位置は、それこそ今は「トラッキングとIK(IK&Settings)」の「腕と身長の比率(Arm vs Height Ratio)」とか、「ボディトラッキングの調整(settings)」で、細かな調整ができるようになったので、昔より改善されました。
腰の曲がりなどは、ビューポイントをいじることでも改善できそうですが、UnityやBlenderを扱える前提でできることになりますね。
──誰が使うかによってもフルトラ適性の定義は変わってきそうだな、と思いますがいかがですか。
のりお 誰が使うか、についてはトラッカーの装着位置とか体形による違いをいろいろ検証して、資料としてまとめたいのですが、難しいですね。
最適化についても難しいですね。首や体などに特定の動きをさせるためのボーン構造にすると、6点トラッキングだと違和感が出てしまう、といったこともあります。『匠』と『韻』は6点トラッキング用のPrefabも同梱しています。そこまで大きな差でもないんですが、6点では肩が落ちてしまったり、動き過ぎてしまうんですよ。
そしてPhys Boneは地獄
のりお あと、アバターのフルトラでの一番の悩みどころは、VRChatの独自要素であるPhys Boneですね。いつも動きの確認作業が地獄なんですよね(笑)。フルトラになってみないとわからない要素なので。
──具体的にどのようなところが「地獄」と呼びたくなるほど大変ですか?
のりお VRChatの中でアニメーションを撮って、Unity上で再生しながらチェックはしてるけど、アバターのパーツが貫通しているかどうか、シルエットに影響が無いかなどの確認をするためには必ずVRChatに入って動きを確認しないと本当にわからないので、とても大変です。
──直近で、Phys Boneのこだわりがよく出たのはどんなところでしょうか?
のりお 『韻』の着ているシャツですね。自分でもいい出来だと思っていますし、見る人も「揺れが自然」と言ってくれます。シャツは通常は体のウエイトが乗っているんですが、ここから下、体の上に一個ものってない。かがんだ時にシャツがびよーんと伸びてしまったり、体といっしょに曲がってしまうのが嫌だったんですよね。おかげですごくきれいにできたけど、フルトラじゃないと気づきにくいところではあります。
体に沿ったタイトなデザインの衣装やアクセサリーを揺らすのって本当に難しいんですよね。ダボダボとした服やスカートが、パニエ入ってんのかってぐらいふわっと広がることが多いのは、貫通が大きな壁だからなんですよ。あと、肩を大きく出しているジャケットが多いのは、肩周りのウエイトが難しいからかもしれませんね。
――リアルな挙動を再現するのって難しいんですね……。
のりお 僕のアバターや衣装は、上手なキャリブレーションをしないと、可動域が大きいので破綻しやすいんですよね。ユーザーさんにはキャリブレーションの重要性を知ってほしいです。
とはいえ、「リアルなシルエットをVRChat上で追求しよう」というニーズは、まだ僕が思ってるよりもニッチなんだとは思っています。
ダンスに関しても、リアルのダンスと、VRダンスは全く別物だし、求めてるものも、やる人たちのモチベーションの方向性も、リアルとは多分全然違う。リアルで活躍するダンサーがもっとVRでも踊るようになればまた話は変わってきそうですが、日本だと特に住宅事情もありますし、「肩や胸がリアルに準拠して動いてくれないと嫌だ」と考えるVRダンサーがなかなか少ないように感じています。
──次に挑戦してみたいものはありますか?
のりお 『匠』と『韻』は、今後もずっと衣装を出していきたいですね。あと、フルトラまわりのあれこれも、まだまだ研究していくつもりです。今まではリアルに近い頭身のアバターばかりだったので、もっと頭身の低いアバターを作るのも良いかもしれないと考えています。
──ちびっこダンサーアバターですか!いいですね!楽しみにしています。本日はありがとうございました!