音楽系イベント『青色クラブ』と展示系イベント『PNGミュージアム』の主催者である藍上アオイさんとmugitarouAKさんをお招きし、イベントにまつわるさまざまなことを全3回聞いていきました。
最終回となる後編は、2人が考えるこれからイベントを始める人に向けてのアドバイス、運営を続ける中でのメンタルとの向き合い方について語ります。
(インタビューアー:柘榴石まおりん)
イベントを始めたい人へのアドバイス
──アオイさんに最後に聞きたいんですが、『青色クラブ』の運営ノウハウの中で、新しくイベントをやってみたい人にも適用できそうな考え方、改めて教えていただけますか?
藍上アオイ なんだろう……まず「スモールスタート」というのは、誰でもできることだと思います。あとは、「コア」を見つけることが大事ですね。
やはり自分がイベントをやりたいと思った時に、「なんでやりたいのか?」「何のためにやるのか?」といったことを自問自答し、自分と向き合うことを大切にしてほしいです。そして、そのイベントの「コア」は何かを導き出して、それを大切にすることが重要かもしれません。
──「コア」を見つける、というのは具体的にどういうことでしょうか?
藍上アオイ VRChatではないリアルでの話になっちゃいますけど、以前イベント運営をやっているときにアドバイスを聞きに来る人がいて印象的だったのが、「とにかくフェスをやりたくて仲間7人集めたけど、こっからどうしたらいいか悩んでる」っていう相談でした。
やっちゃいけないパターンだと思いました。「フェス」だけだと抽象的すぎる。何をやりたいかのビジョンを共有し合って集まった7人だったらいいけど、あまりにも広い概念で集まっちゃったから話がまとまらないだろうな、と。まさにそれで悩んでたみたいですね。仲間集めには順番が重要だと思います。
──難しい問題が出てきましたね……
藍上アオイ だから、もし皆さんがイベントをやるなら、まずは「コア」が何なのかを考えてみると良いかなと思います。コアがちゃんと見えていれば、自分が立ち返るべき座標になり、物差しになります。迷った時もコアに立ち返れば、「これはブレてるな」とか「違うな」と判断できる材料になります。
そして、1つのことをベースに広げていくことで、お客さんにもすごくシンプルに伝わるはずです。なんとなくイベントをやりたいと思っている人は、そのイベントでどういうことをしたいのか、自分自身と対話してみることが大切だと思います。

──では、さっきアオイさんにも聞いた質問ですが、「PNGミュージアム」の運営ノウハウの中で、他の人がイベントを始める時に適用できそうな考え方はありますか?
mugitarouAK 基本的には、先ほどの藍上アオイさんの話と重なる部分が出てくると思いますが、一番最初に「なんでやるのか」「何のためにやりたいのか」という、自分との対話ですね。
「わいわいしたいからやる」でももちろんいいんです。ただ、その目的をちゃんと自覚するところから始める。そして、それに沿って、ブレずに、きちんとイベントとしてアウトプットしていく必要があります。
──アオイさんとそこまで変わらないですね。
mugitarouAK 例えば「わいわいしたい」なら、自分の目指す「わいわいの形」がきっとあるはずで、自分の望むわいわいの形が実現できるようにするのがいいと思います。そのために既存のワールドを使っても良いわけです。
わいわいの定義が「飲み会」ならば、飲み屋ワールドはたくさんあります。数多くあるワールドの選択肢の中から、どこが自分にとって一番いいのかをまず突き詰めるといいと思います。

mugitarouAK ただ、飲みの場が設けられたとしても、つまらない飲み会って嫌ですよね。自分がみんなとわいわいするための飲み会をやりたかったのに、つまらない飲み会になったら、誰も喋らない、盛り上がらない、最悪じゃないですか。
じゃあ、そのために何をするのか?盛り上げるために人選を頑張るとか、BGMはどうしようか、じゃあDJさんにお願いしようかな、と内容をより深く考えていくわけです。バニーガールに踊らせてうまい酒を飲もう、みたいなイベントもあるけど、そのイベントも今のように詰めていった結果だと思います。
そして、その「わいわいの形」を実現するために、イベント参加者が必要不可欠ですから、ちゃんと魅力が伝わるような文章とフライヤーを用意して来てもらおうとするわけです。「やらなければいけないこと」というか「一本筋を通す」ということは、そういうことだと思います。
──コンセプトを明確にして、それを実現するために必要な要素を考え、実行していく、ということですね。加えて、チーム運営をされているmugitarouAKさんならではの視点もあるかと思います。
mugitarouAK それに加えて僕が言えることがあるとすれば、多分、そこから「人を増やす」時にどうするか、ということだと思います。その瞬間に、スイッチを切り替えなければいけなくなると思うんですよね。
「人を増やす」と決めた時に、主催者や代表はスタッフに対して責任を取らなければならなくなります。参加してくれるみんなからの大切な時間、人生のうちの貴重な時間を預かることになるわけです。半年間一緒に活動するとか、毎週2〜3時間かけてもらうとか。そこに対しての責任を負わなければならなくなるんですよ、たとえ仕事ではなくても。時間は誰にとっても平等ですから。
その不可逆的に過ぎていく人間の最も貴重なリソースである「時間」を、自分が奪うことに対して自覚的であるかどうか。そして、それに対して自分は何をみんなに返すことができるのか、と本気で自問することが大事です。それが、人を集める前に一番最初にやらなければいけないことだと思います。
──時間という最も貴重なリソースを預かる責任と、それに対して何を提供できるか。チームを作る上での覚悟が伝わってきます。
mugitarouAK それでもなお「やることに価値がある」と思えたら、組織化を本気で考えましょう。僕がPNGミュージアムでスタッフを増やそうと考えた時に、みんなに提供できると思ったのが「自由」しか無かったんですよね。お金を返すことも、物質的な何かを渡すこともできません。
規模が大きくなればなるほど、物質的・金銭的な見返りをどんどん提供することが難しくなってしまいます。そうなると、「やりがい搾取」と言われるかもしれませんが、やりがいとかの部分で返していくしかなくなってくる。
でも、その時に「自由」というのは、ものすごくかけがえのない価値を持つと思うんです。「こんなに大きな仕組みの中で、好きなことをやってもいい。
そして、それを最終的に責任取ってくれる誰かがいる」という環境は、何かを制作する人にとっては、すごくやりやすい環境である場合もある、と考えています。自由が魅力だと感じてくれる人には「よかったら一緒にやりませんか?」と声をかけるわけです。

──VRChatのイベントというよりも、同好の集まり全般に言えそうですね。
mugitarouAK その旗振り役として「なんでやるのか」という目的と、その「覚悟」という旗を掲げて、それをぶんぶん振り回しながら、自分から先頭に立って突進していくしかないですよね。
藍上アオイ 今mugitarouAKさんの話を聞いて思ったのですが、多分、お互いに共通しているのは、やはり「強度のあるコンセプト」というか意思が必要だということですよね。
イベント運営におけるメンタルケア
──取り組んでる時にメンタルが落ちる時もあるじゃないですか。その時の自分のメンタルケアって何してますか?
mugitarouAK まさにインタビュー直前まで、かなりメンタルが落ちていたんですよ。
メンタルが壊れる、という感じではないのですが、本質的に自分の価値が何なのか分からなくなるレベルで悩みました。孤独だからというわけではなく、自分と同じ立場の人ではないので同じ目線ではないし、悩みを共有できるわけでもないですしね。
──どういったものに悩んだのでしょうか。
mugitarouAK 僕が悩んだのは、プロデューサーとか編集者といった立場になったときに、どこまでが自分のやるべきことなのか、といったことですね。
すごく悩んでいたのですが、実際に同じようなことをやっている人って全然いないじゃないですか。VRChatにも、リアルにもそんなに多くないわけです。
──ロールモデルがいない中での悩みですね。その状況をどう乗り越えられたのですか?
mugitarouAK 本や記事なども読んだのですが、効果があったのは、ChatGPTと激論を交わすことでした。「あなたは優秀なプロデューサーです。後輩からの相談に、その視点から乗ってください」という設定をして、ひたすら議論していくんです。議論していくうちに、実現するにあたって積み上げられていなかった部分、自分の甘さがあった部分などが見えてきました。

mugitarouAK 「うわ、ここが足りなかったんだ」と分かった時に、思わず電車の中で泣いてしまって。その日は仕事を放り出して、帰りの電車の中でずっとChatGPTと対話していました。
ちゃんと泣いたら、「ああ、こうすればいいんだ」と分かって、じゃあまた頑張ろう、という気持ちに戻れました。理想の自分を、またちゃんと描けるようになりました。
──なるほど。アオイさんはどうですか?
藍上アオイ 運営面でメンタルが落ち込むことはあまりないです。自分しかスタッフがいないからというのもあると思いますが…
美味しいお酒を飲みたいし、自分の作った作品の中でみんなが集まって「ここ、いいよね」なんて言いながら気持ちよく美味しいお酒を飲んでくれるのを見る。これがもう、自分の中でのゴールというか、やりたいことなんです。なので特に葛藤みたいなものはありません。
──コンセプトが明確であれば、運営するうえでの悩みも減ると……
藍上アオイ 運営面や方針的な側面ではそうかなと思います。自分のプライベートな時間で創作活動が全くできないときはメンタルが落ち込みます。
インタビューを受けている今も、ちょうど忙しくて新しい『青色クラブ』の制作が2ヶ月くらいできていなくて…… 創作することが、自分にとっての健康なんだな、とよく分かりました。
2人のイベンターから学ぶこと
今回のインタビューでは、『青色クラブ』の藍上アオイさんと『PNGミュージアム』のmugitarouAKさんという、対照的ながらもVRChatでのイベント運営哲学に触れることができました。
「好き」を原動力に1人で「作品」を作り上げる藍上アオイさんと、「課題解決」を起点に多くの仲間と共にコミュニティを育むmugitarouAKさん。アプローチは異なれど、「なぜやるのか」という強固なコンセプトを持ち、それを軸にぶれずに活動を続ける姿勢は共通しています。
これからVRChatでイベントを始めたいと考えている人にとって、スモールスタートの重要性、コンセプトを深く掘り下げること、チームを作る際の覚悟、そして何より「無理なく続ける」ことのヒントが詰まった内容となったのではないでしょうか。この記事が、イベント運営に関わる人の支えになれば幸いです。
