今なお続くVRChat日本語ローカライズの現場をご紹介。ボランティアで続けている理由や翻訳チェック用VRChatの存在など裏話を語る

翻訳チェック用のVRChatがある? 実際に動かしてみないと分からないこと

──翻訳したものが実際にどう反映されるかを確認できるプレビュー機能みたいなものはあるのですか?

なくとん 翻訳した言葉を入れた状態で、実際にVRChatを動かして確認できるツールを開発者の方が作ってくれています。

nekochanfood 日本語UIがリリースされる前はすごく役に立ちましたね。ただ翻訳するだけでなく、実際にどのように表示されるかを確認する必要があるからです。

nekochanfoodさんより提供

なくとん 文字がうまく収まっているか、表示領域からはみ出していないかなどを確認します。文字が途中で切れたり、回り込みによって行数が変わってしまったりといった、表示の崩れがないかをチェックするために必要なんです。

──言語によって文の長さって違いますもんね。

なくとん 文が長くなりがちなロシア語チームの人と一緒によく文句を言っています(笑) ヨーロッパ系の言語は、大体英語と同じぐらいの文字数になるので困らないんです。中国語も、すごく圧縮した表現になることがあって、あんまり困っていない感じがします。

nekochanfood 中国語は「ワールド」なんか「世界」の2文字で済みます。

──分かりやすい(笑) プレビューを見ることができるのは助かりますね。

nekochanfood ただ、プレビュー用のツールが最新バージョンに追いついていないときがあって、そういうときはチェックができません。最新版のVRChatを見て、ここはこう表示されるだろうなあというイメージで訳を決定しています。

──推測しながら作業しないといけないときも多々あるんですね。

翻訳で使われる言葉にはルールがある。ユーザーの使っている言葉に寄せない理由

──メタカル最前線では、VRChatの新機能を取り上げることがあります。その際に、新機能の名称は、原文と、独自で翻訳したものを併記して暫定で届けたりします。
例えば「Selfie Expression(セルフィーエクスプレッション)」という機能は、機能面を分かりやすく伝えるために、私たちの記事では独自に「上半身トラッキング」と表記したことがありました。そんなふうに、ユーザーの間で出回っている名称と実際のUIの名称にズレが生じてしまう場合はどうしていますか?

なくとん 翻訳するときの基本姿勢というか、ルールがあり、それを維持するという目標があります。ルールを守る理由は、VRChatの機能が拡張されるのに合わせて翻訳文も追加していったときに、全体のバランスがおかしくならないようにするためです。

そのため、基本的には、ユーザーの間で広まっている通称などには影響されないようにしようと考えています。「リクイン」(“Request Invite” の略。現在の訳は「招待をリクエスト」)などの、スラングっぽい言い回しもしないようにしています。

──そういったルールは、どこかで確認できたりするんでしょうか?

なくとん 翻訳用のDiscordをVRChatが用意しているんですが、そこに記載しています。

なくとん みんながどう言っているかは、参考にはしています。ただし、好ましくない訳し方や、英語の意味が失われる略し方とかがされたりするので、それは反映しないようにしています。

例えば、「アバターパフォーマンスランク」を縮めた「アバターランク」という言い方は絶対に取り入れんぞと思っています(笑) “パフォーマンス” というのがキーのはずで、それが抜けると意味が失われてしまうので。

アバターは略されても「パフォーマンスランク」で
表記されている

なくとん ……ですが、「セルフィーエクスプレッション」はまさにそうだったんですけど、出回っている言い方と実際のUIの表記があまりにも違う場合や、我々の基準で訳したものが通じないよね、我々の基準でいくとそうなるんだけども、それで本当によいのだろうかっていうときに、さあどうする?という検討が始まります。

──例外的な措置がとられるわけですね。

なくとん 「セルフィー」も「エクスプレッション」も一般に通じる英単語ではあります。それで、我々のルールでいくと、造語はせずにそのままカタカナにするんですけど、みんなこれで呼ばないし、きっと通じないよね、ここは特別に対応しようということになりました。それで開発チームの方に、言葉を補った言い方をしていいか?ということと、そもそもこれ何?ということを質問しました。

「トラッキング」という言葉を入れたかったんです。機能としてはトラッキングなので。あと「カメラ」という言葉も。「カメラ」と「トラッキング」を入れたほうが、ユーザーには分かりやすいだろうと。それで今後に想定している機能拡張と矛盾を起こさないかの心配もあるので、それらを入れた名称を使うのはOKか、開発側に問い合わせました。いろいろ相談した上で、「上半身カメラトラッキング」という名称に翻訳していいですよという返事をもらって、じゃあそれでいこうとなりました。

あと、Xにも書いたんですけど、「セルフィーエクスプレッション」(Selfie Expression)は、「セルフエクスプレッション」(Self Expression:自己表現)の言葉遊びになっているそうです。言葉遊び、訳せないよっていう……

──その話を見かけたときに、ああ、そういうことだったのかと思いました。

なくとん 「やっぱりそうだったんですね」と私も納得しました。開発チームからの回答の中では「いやはや、申し訳ない」といったニュアンスでした(笑)

ところで例えば「Selfie Expression」について「webcamトラッキング」と呼ぶ人が居ました。しかしモバイル版では内向きカメラを使うので、この表記は使えません。このようにユーザー発の言葉は、適切かどうかが慎重に考えられていないことがあるので、すぐには採用できません。

ただこの場合でも、単に無視するわけではなく参考にしているところもあります。

最終的に訳を「上半身カメラトラッキング」にしましたが、その際に「『カメラ』『トラッキング』という語がこの機能を表す言葉としてユーザーにとって伝わるものだろう」という判断のヒントとして「webcamトラッキング」が使われていることは意識しました。

翻訳方針についてまとめて言うと、新しくVRChatに来た人が困らないというのが一番重要だと思っているので、その観点で見直しをかけることは随時必要だなと思っています。ちまたで使われている言葉のほうが通じるなあと思ったら、それをなんとか取り入れられないだろうかと考えます。

ただ、そのような方針に従って翻訳をしているので、長くVRChatをされている方が慣れ親しんでいる表現と実際のUIの表現が一致しないなど、翻訳に対して気になるところはあると思うんです。ごめんね……という気持ちです。

——なるほどですね。ただ、きちんとユーザーの反応も気にしてくれているわけですね。

nekochanfood X で「VRC 翻訳」や「VRC ローカライズ」とかで検索して評判をチェックしたり何か意見がないか探したりしています。「居場所を隠す」を「きいてみてね」に変更した時にはちょっと評判が気になったので、「オレステ」で検索したこともありました。あと、NAGiSAで生の声をちょっと聞いてみたりとかもしました。

なくとん 私もXで特定の表現があれば、それを見たりします。あとは、FUJIYAMAに行って、翻訳のことが話題になっていないか気にしてみたり。フレンドに聞いてみたり。