ディズニーランドってのは、“1回行ったからもう満足” というものではない。
同じアトラクションに何回乗っても楽しい。展開を知っていても飽きない。なんなら、1回では味わい尽くせないようにできている。
VR劇団「maropi工房」の最新作『間取りズム』は、それである。
私は最終日に観に行ったのだが、開演して早々に思った。なんで私は初日に行かなかったのか。そうすれば何回も観れたのに!
『間取りズム』は、展開を知っていても楽しい。今回はどこに注目しながら観ようかと考えるワクワク感がある。1回では味わい尽くせないようにできている。
この記事は、『間取りズム』を観る人のためのガイドブック、という設定で書く観劇レポートである。

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観劇前に「maropi不動産」の見学に行こう!

『間取りズム』のPRワールド「maropi不動産」がVRChatで公開されています。観劇用のアバターも設置されており、ここで着替えてから公演に向かうこともできます。
※アクセスはこちら:maropi不動産(間取りズムPRワールド)
着替えたら、アバターのエクスプレッションメニューを操作してみましょう。SNSにアップされた(という設定の) “とある動画” を観ることができます。
実は「maropi不動産」は、開演前にお客さんが集まるエントランスでもあるのですが、何せ開演前ですから、じっくり見る余裕があまりありません。観劇前に「maropi不動産」を訪れ、『間取りズム』の世界を先にちょっぴり体験しちゃいましょう!
ちなみに、“とある動画”、ただの面白ギミックではありません。公演が始まると、そういうことだったのか!と気づきます。この動画を観た瞬間からあなたは、『間取りズム』の世界の “住人” となるのです。
開演前のアナウンスをお聞き逃しなく!
開演時間になると、maropi不動産の方が、公演に向けた説明をしてくれます。単なる注意事項の説明ではありません。観客は、maropi不動産にやってきたお客さんです。『間取りズム』の世界に入り込めるような工夫が盛りだくさんです。さらっと聞き逃すのはもったいない!
説明が終わると、契約書にサインして、とある格安物件の内覧に行くことになります。

※「隣の建物とちょっと近いんですけど、ご了承ください」なんていう意味深な説明も。
1回で全部見ることができません。何を見るかを決めておきましょう!
公演が始まると、1回で全部を見るのは無理だと気づきます。主人公の部屋とその隣の部屋の様子が同時に上演されるからです。

初めての人は主人公の部屋を、2回目以降の人は隣の部屋を見てみましょう!
主人公の部屋の出来事を観察しておけば問題なくストーリーについていけますが、隣の部屋の出来事を把握しておくと、隣の部屋の人が怒っていた本当の理由がわかります。約5分間にわたる無音の演技は必見です! なお、隣の部屋を観察するときは、主人公の部屋の様子を見たくなる衝動を抑える強さが必要です。
また、この作品にはキャラクターがたくさん登場します。3人以上が同時に登場している場面もあります。喋っていない人の動きにも注目してみましょう!
家具のパレードは、何度見ても楽しい!
基本的なストーリー展開はシンプルです。主人公の平 和也(たいら かずや)がSNSにダンス動画を投稿し、それがめちゃくちゃバズります。そんな和也の部屋に、いろいろな芸能事務所のスカウトがやってきて、いろいろな間取りを提案していくのです。
“あなたは1Kの器ではない。1LDKがふさわしい!”
“いやいや、うちと契約すれば4LDKに住めます!”
“4LDKなんて古い。時代はタワマンです!”
間取りが提案されるたびに、その間取りへと舞台が変わります。ぱっと切り替わるのではなく、パレードのように家具や壁が登場し、所定の場所へと配置されていきます。すべてを目で追うのは困難です。何度でも楽しめます。特にお勧めなのは、“照明” の動きです。明かりがぱっと点く様子は実にエレガントです。

展覧会に行こう!
公演終了後は、劇中に出てきた間取りを見学することができます。それぞれの間取りには、その間取りを象徴する登場人物(役者さん)が待っていてくれて、お話しすることもできます。

※「壊れた壁は実際に持てます。破片で壁のパズルができますよ」by 執事けけさん(平和也 役)
舞台の見学や役者さんとの交流のために、余裕のある観劇計画を立てておくといいですね!
「cluster演劇祭」での再演を観に行こう!
VRChatでの公演は終了しましたが、10月3日に、「cluster演劇祭」というイベントで再演される予定になっています。VRで『間取りズム』を観ることのできる(最後かもしれない)チャンスです!

※『間取りズム』は、10/3(金)22:30から。
観劇後に、題名の意味を考えてみよう!
結局のところ、『間取りズム』とは何なのでしょうか。そのことを考えてみると、単なるコメディではないように思えてきます。
ただし、最初に観るときは、そんなこと考えなくていいです。基本的には、ずっと笑えてひたすら楽しい、ジェットコースターのような物語です。あらすじだけでは予想のできない方向へと転がっていきます。落ち着く暇を与えない起承転転転転転結ストーリーです。宇宙まで行くと誰が想像できるでしょうか。

お勧めなのは、観劇後や2回目に観るときに『間取りズム』の意味を考える、という楽しみ方です。
おそらく「間取りズム」は、「間取り」+「イズム」の造語でしょう。「イズム」とは「主義」のことです。つまり、“間取り主義” の人たちが繰り広げる物語なのです。
「この社会はですね、間取りこそ全てなんです。幸せな間取りは、幸せな生活をもたらす。これは社会と私たちとの契約です」と、最初のスカウトである一ノ瀬が語っています。
この作品がギャグとして成り立っているのは、間取りこそ全てだという考え方が馬鹿げていると観客が思っているからですよね。
……でもこれって本当に馬鹿げた考えなのでしょうか。スカウトの勧めに応じてころころと意見を変え、最終的に間取りズムに取りつかれた主人公は、ヤバい奴なのでしょうか。
都会生活に憧れて上京してきた和也は、自分なりの価値観を、自分を評価するすべを、持っていませんでした。他人から与えられた価値観 “間取りズム” を自分の価値観として受け入れ、悲惨な結末を迎えます。
終盤で和也は、「俺はただ、社会の仕組みに、間取りを求めただけじゃないか!」と嘆きます。馬鹿にできないセリフです。「間取り」の部分に何か別のものを入れると、社会派ドラマへと一変します。和也は、ヤバい奴というより、むしろ現代人を象徴するキャラクターだという気さえします。
実は『間取りズム』には、別のイズム(主義)が登場しています。スカウトたちが当たり前のように使っているワードがあります。それは、「バズり人(びと)」です。
「世の中にはバズれる人とそうでない人がいる。そしてあなたは、バズれる人だった。何も恐れることはない」と一ノ瀬は言います。バズった人は特別な人、だから広い間取りに値する、とつながっていくわけですね。言うなれば「バズりズム」です。これはもはや奇想天外な考え方ではありませんね。現実世界にも、バズるために何でもする人がいます。
こんなふうに考えてみると、観劇用アバターが「スマホ」であることも、皮肉がきいているように思えてきます。大量のスマホが集まっている様子は面白いのですが、異様な光景でもあります。

あなたにとっての「間取り」は何ですか?
何に基づいて自分を評価しますか?
それで本当に大丈夫ですか?
この作品から、そんな問いかけが聞こえてくる気がするのです。
参考リンク
・maropi工房 公式X
・cluster公演イベントページ