今なお続くVRChat日本語ローカライズの現場をご紹介。ボランティアで続けている理由や翻訳チェック用VRChatの存在など裏話を語る

ふと疑問に思ったことはありませんか?

いつも見るメニュー画面には “招待をリクエスト” と書かれているのに、遊んでいる人は “リクイン” と言っている。 “入る” とあるのに “Join” とお知らせには書かれている。

これらはUIが英語で書かれていた頃の名残とも呼べるスラングです。

2024年5月にVRChatのUIが日本語に対応してから、はや1年。人によってはそもそも日本語でないVRChatを想像できない人もいるかもしれません。なので「リクイン」と言われてもピンとこないのも当然。

今回は「Proofreader」(校正者)として、翻訳作業のまとめ役や最終決定役という責任を担っている、nekochanfoodさんとなくとんさんから、今なお続くローカライズ作業の裏話を教えていただきました。

左からnekochanfoodさん、なくとんさん

(執筆:烏賊納豆 インタビューアー:東雲りん)

間に合わないのにはちゃんと理由がある。 翻訳の進行プロセス

──翻訳作業の流れをざっくりと教えていただけますか?

なくとん まず、新しい機能がリリースされる見込みとなると、オープンベータが始まります。その後、新しい機能で使われている言葉や文章が、翻訳プロジェクトで利用している「Crowdin」というツールに登録されます。

nekochanfoodさんより提供

登録されたら、オープンベータを触りながら、日本語訳を作っていきます。翻訳者たちは、訳したいところを自由に訳して翻訳案を出します。翻訳案がある程度集まったら、私たちProofreader(校正者)2人が、どの案を採用するか検討したり、複数の案を調整したりして、最終的な訳文を決定します。その決定稿がそのうちリリースに反映されます。

──翻訳案を取りまとめたら、あとはVRChatの開発側にお任せするという流れなんですね。

なくとん そうですね。システムに決定稿を登録したら、それを向こうが吸い上げて、リリース版に組み込むという作業がおこなわれます。ただ、その反映作業を開発側がいつおこなっているのかは、私たちも把握していません。まだ翻訳案を検討している間に、オープンベータが終わってリリースされてしまう、ということもよくありますね。

また、先ほど、オープンベータが始まったらCrowdinに言葉や文章が登録されると説明しましたが、いつ登録されるかは状況次第で、リリースのほうが先に出てしまうことがまあまあよくあります。オープンベータの期間の長さにもよりますね。パッパと出てしまうときには翻訳が全然間に合わない感じです。

nekochanfood Crowdinに言葉や文章が追加されるタイミングが機能のリリース後なので、翻訳はワンテンポ遅れて出荷されてしまうんですよ。だから、ちょっと苦しい……

なくとん 昔は、機能が見えるようになる前に登録されたりもしていたんですけど、そうすると翻訳に参加している人が、なんか新しいのが追加されたけど、どんな機能だろうってざわざわして、あらぬうわさが界隈に広がるので、開発側はそれを嫌がって、オープンベータを出してからというふうになり、全体として翻訳が後から追いかけて提供されるようになりました。

VRChatの翻訳は本当に難しい。有志での翻訳を進める理由

——気になっていたのですがVRChatの翻訳は有志、つまりボランティアで行っているわけですよね?

なくとん はい。

nekochanfood 一切お金はもらってません。

なくとん バッジだけもらいました。ローカライゼーションに貢献した人がもらえるバッジっていうのがありまして。

nekochanfoodさんより提供

nekochanfood かなり珍しいバッジですよね。

なくとん 運営側も以前、他の言語で商用の翻訳サービスを使おうとしたことがあるんですよ。だいぶ前の話なんですけど。それで翻訳されたものを見ると、やっぱりVRChatの事情を反映した翻訳になっていない。文言としては合っているんだけれど、アプリケーションの実態に合っていない。それで、ユーザーじゃないと翻訳できないなっていうふうになりました。

——VRChatをわかっている人が翻訳しているからこそ、すごくいいものができているんだなと感じます。お2人は本業でも翻訳をされているんですか?

nekochanfood いいえ、今は学生です。

なくとん 私はプログラマーなので文章を書いたり英語を扱ったりすることはありますけど、仕事で翻訳をしたことはないです。

——そうなんですね。すごくクオリティーが高いので、プロの所業かなと思っていました。

なくとん 書籍を買い込みました(笑) プロの翻訳家が見る書籍とか、辞書とか、定番の記者ハンドブックとか買いました。

——おお。だからこそのクオリティーですね。

「居場所を隠す」じゃ伝わらない! オレンジステータスの文章を変えた真相

──最近のことですと、いわゆる “オレステ”(オレンジステータス)の「きいてみてね」とか、水色ステータスの「だれでもおいで」という訳が印象的です。以前は違う訳でしたよね。ニュアンスが大きく変わったように感じるのですが、どうして名称を変更することにしたのですか?

nekochanfood 以前は、ご自身のステータスを変更する画面では翻訳されたもの(「居場所を隠す」)が表示されていましたが、他のユーザーから見えるステータス表示(ネームプレートの下などに出るもの)は英語のままでした。ですが、2024年の8月とか10月ぐらいの更新で、翻訳がそこにも適用されるようになりました。

なくとん 「居場所を隠す」は機能の翻訳としては正しかったんですが、別のところに表示されたときに、ものすごい違和感が発生したのが変更するきっかけでしたね。アイコンがあるところにステータスが表示されると、“その人がどう主張しているか” という表示になるわけです。

──同じ文が、自分の視点と他人の視点の両方に使われるようになったわけですね。確かに、ほかの人からしたら、“ああ、この人は居場所を隠したいんだ” って理解しますよね。そんなふうに、ステータスを選択する画面では機能的に問題ないけれど、ネームプレートに出すと違和感がある、と。

なくとん ですね。「居場所を隠す」だとどうにもならんな、ダメだろうこれ……というのが、変更するきっかけでした。

nekochanfood 「居場所を隠す」だと、英語の「Ask Me」の、“インバイトとかリクインを送って取りあえずちょっと聞いてみてほしい” みたいなニュアンスが失われていたので、最終的には「きいてみてね」になりました。

nekochanfood ちなみに、「Join Me」についても、元々は「参加歓迎」という訳だったんですけど、「居場所を隠す」を「きいてみてね」に変えた後に、なんかこれ(参加歓迎)もちょっと硬くない?もちょっと硬くない?みたいな話になりました。それで、「きいてみてね」みたいに柔らかいものにしようということで、検討した結果、「だれでもおいで」に変わりました。

なくとん すでに翻訳したものについても、それで固まったとは思っていなくて、今回のように、ほかとのバランスとかで変えることはありだと思っています。