企業がメタバースで公式ワールドを作る理由 京セラ株式会社の場合

VRChat上での法人企業が関わるイベントや事例が増えてきた昨今。Vketでは企業が出展するブースは当たり前になりましたね。

しかしながら、VRChat上で常に公開されている企業公式ワールドはまだ数えるほど。その中でも2023年6月末に公開された京セラ株式会社(以下、京セラ社)の「Kyocera Laser World」は、半年ぶり2つ目の公式ワールドです。

公開時には公式ツアーイベントも実施され、多くの参加者で賑わいました。

短いスパンで2つ目の公式ワールドを公開された京セラ社。実際に京セラ社に所属している主催のなおちーさんと、ワールド制作者の青猫さんに「Kyocera Laser World」について、そして京セラ社のVRChatワールド制作に際する背景を伺ってきました。

2個目の公式ワールドを公開した訳

ーまず「Kyocera Laser World」について教えてください。

なおちー

「Kyocera Laser World」は、弊社が公開したB2B 分野での第2弾となるメタバース上の「京セラレーザーコンセプト製品バーチャル展示ブース」です。
主に、開発中の京セラレーザー製品を科学博物館のような展示ギミックを用いて設置し、まるで目の前に実在するかのように完成イメージのレーザー照明製品が動作する様子を体験できます。

またレーザー光源が創り出す新たな未来をお伝えするために、レーザーによる光無線通信 Li-Fi※のサンプルとして、光無線を搭載した水中ドローンの活躍する様子が観られるアトラクションも用意しています。

※注釈 Li-Fi(Light Fidelity):高速で大容量の通信を可能にする光を使った無線通信技術

ーそもそも、なぜレーザー製品を取り上げることになったのでしょうか

なおちー

レーザー製品の開発・販売を担うグループ企業KSLDのGaNデバイス事業部から「1個目のKyocera Tool Worldを観たが、弊部門でも是非やりたい」という相談がありました。メタバースイベントを推進する立場として、社内からの反響は嬉しく感じましたね。

GaNデバイス事業部は、リアルでの展示会イベント「Japan Drone 2023」に出展が決まっていたので、連動させてメタバースイベントをやるのはどうだろうか、と企画が動き出しました。

Kyocera Tool Worldの様子

ー「Kyocera Tool World」を受けての社内からの逆オファーだったんですね。

なおちー

1個目の「Kyocera Tool World」は切削工具という、一般には馴染みのない世界の特徴や利点を伝えることが可能なのか、意味はあるのか、と考えるチャレンジングな取り組みでした。

VRChatユーザーに向けて、メタバースでの情報提供に、京セラとして初めて取りくんだので、ハードルの高さと不安を感じていました。しかしながら、実際にワールド公開後の反響を受けて、自分の不安は杞憂に終わりました。

どんなテーマもどんな環境でも「わかりやすく伝えるコンテンツデザインが大切」と理解できました。今回もその学びが活かされていると思います。

ツアーにてレーザー製品を説明するなおちーさん
青猫

専門的な分野でも、見せ方によって興味を強く持って集中して見てもらえるんだなと感じましたね。今回も、誰もが持っている知らない事を知る楽しみを満たしてあげられる体験を提供し、満足感を感じてもらえるように意識して制作しました。

ー「Kyocera Laser World」ワールドは「Kyocera Tool World」と同じ要素が見受けられます。

人工島外観
なおちー

実は、人工島を流用することは最初から決まっていました。

青猫

人工島の外観以外はすべて新規で制作しました。製品について学ぶメインパビリオンと楽しんでいただくエンタメ性を持たせたプレゼンステージ、という2大構成は引き継いでいます。

なおちー

2つのワールドの共通点を通して、京セラメタバースワールドの物語性を感じて頂けたら嬉しいですね。

自然を体感できるアトラクションをつくる

ー今回のワールドコンセプトは「自然との共生」ですが、なぜこのコンセプトにされたのですか

なおちー

前提として、弊社は経営思想に「社会との共生。世界との共生。自然との共生。共に生きる(LIVING TOGETHER)ことをすべての企業活動の基本に置き、豊かな調和をめざす。」を掲げています。

さらに、世界で多くの社会課題がある中、企業が持続的に成長していくために、社会課題の解決を事業につなげ、社会に貢献するための取り組み「サステナビリティ」をグループ全体で実施しています。具体的には「カーボンニュートラル」や「生物多様性保全活動」などに取り組んでいます。

自分たちの掲げている考え方をストレートにコンセプトにすえました。

ーコンセプトをどのようにワールドへ実装していったのでしょうか

なおちー

「自然との共生」をどうやって表現するか議論を重ねるなかで、先日弊社が発表した、布地にデザインを印刷するデジタル捺染機(なっせんき)が話に上がりました。このプロダクトは水資源の保全がテーマです。

また、現在メインパビリオンで展示していたLi-Fi技術を活用し、水中無線通信を産学共同で研究中です。今後水中無線通信の利用が大いに期待される事例として水中ドローンがあります。水中無線通信も海中資源やインフラの維持などをソリューションとしています。そこで水中ドローンを今回の主役にしました。

水中ドローンが主役になったことで、水の表現にこだわると我々らしいのでは、と方針が決まり「水の美しさをアピール出来るワールドを作ってほしい」と青猫さんにオーダーしました。

ライドアトラクションで水中にもぐったときの表現が綺麗でした
青猫

VRChat上で、水の表現はデータ量が多く体験環境に負荷が大きいんです。特に今回広大な海がエリアとしてあったので頭を悩ませました。解決策として、伊豆にある堂ヶ島天窓洞(通称青の洞窟)などをサンプルに、オクルージョンカリング※を利かせ易い表現を採用しました。洞窟によって表の海と裏の海を区切り、負荷をなるべく抑える様に工夫をこらしています。

また樹木や水面・滝などの自然物の表現にあたっては、3Dモデル制作担当のレオさんとシェーダー担当のAYANO_TFTさんに尽力いただきました。2人の力がなくては表現しきれなかったと思っています。自然音のSEやBGMもYuki Hataさんに新規制作していただき、参加者の没入感を高めるのに大変効果がありましたね。

※あるオブジェクトが他のオブジェクトに隠されていて現在カメラに映らないときに、オブジェクトのレンダリングを無効にする機能

なおちー

より多くの方に体験いただけるQuest機種への対応は難しくもありましたが、クリエイターの皆さんのおかげで、なんとか実現できました。

ー確かに洞窟や海の自然表現は目を奪われましたね。

ーなぜライドアトラクションという形にされたのでしょうか。

なおちー

水中ドローンを主役にすえて、企画を練ってい当初、1人称視点でドローンを操作するコンテンツ案が出ました。しかし視点操作があるコンテンツは、ユーザーが酔いやすいため、第3者視点で観覧できるライドアトラクションにしたんです。

青猫

今回見せたい要素として、水の美しさのアピール、海中ドローンの作業風景、プレゼンテーション等、複数要素がありました。すべて順番に見せるためには、座るだけで自動的に観てもらえる仕組みが最適だと考えました。「テーマパークの様に楽しめた」という感想を多くいただいたので、とても良い着地点だったと思います。

先導してくれる主役の水中ドローンとライドアトラクションの乗り物

ーライドアトラクションになったことで、フレンドと一緒に楽しめるようになったので、ユーザーとしては嬉しかったです。製作時、大変だったことはありましたか。

青猫

当初、立って乗るスタイルでしたが、技術的な問題で乗車中のアバター姿勢が正常にならず、座って乗る形になりました。実施したツアーでは、1回あたり最大15名の参加者が乗ったので、ユーザー間隔の保持や、スタッフが引率する際の視野確保において良い結果になったと思います。

ナレーションタイミングとアトラクションのアニメーションの辻褄を合わせるのがなかなか大変でしたね。

全体的には、前回を通してチーム内でメタバースでイベントを開催するにあたっての知見が溜まった事や、各スタッフの経験値もありとてもスムーズな制作だったと考えています。

なおちー

ライドアトラクションに関しては、デザインや演出を全て青猫さんにお任せしていたので、スペクタクルのある驚きが提供されるコンテンツになり、私もとても楽しませてもらいました。

メタバースを活用する理由

ーVRChat上での広報活動を実施しようと思った理由をおしえてください。

なおちー

以前、研究開発本部にてVR技術の研究員をしていた際コロナ禍になり、ますます遠隔でのコミュニケーションが重要になったと実感したことです。対面会議などは出張による人の移動による環境負荷が大きいのではないか、と考えています。VRChatを活用することが1つの解決方法になるかもしれません。

ー京セラ社内でも、VRに対する期待は高まっているのでしょうか。

なおちー

各メディアやSNSの反応を受けて、社内での反響は大きかったですね。「うちの事業部もメタバースイベントやりたい!」という声が届きました。嬉しい悲鳴です。

メタバースは弊社の掲げる経営思想を表現するのにとてもいい場所という意見が出ています。今後も弊社の「共生」の世界観をメタバース上で伝えつづけ、京セラのことを好きになってくださる方が増えたら良いなと思っています。

ーツアーの参加者からポジティブな感想が数多く見受けられましたよね。

なおちー

「京セラのことが好きになりました」「今後も続けてください」「半導体レーザーについて理解が進みました」と、沢山の方から感想をいただき、とても感激しています。今後も皆様のご期待に沿えるようなコンテンツを提供できるようにしたいと思います。

ー第3弾の予定がお有りになるということですね?

なおちー

はい、今年の秋にはまたなにかしらご提供できたらいいなぁと目下計画中です。その場合、制作期間が短いので実現できるかまだわかりませんが、がんばります!

ー楽しみにしています!今日はありがとうございました。

メタバースという場所、VRChatというプラットフォームに、ご自身の価値観と企業の経営思想と重なりあう部分があったこと。京セラ社となおちーさんの思いを形にする、青猫さんを始めとする本質的な実装ができるクリエイターチーム。そして実現後の社内からの反響。

企業がメタバースを活用するためのヒントをたくさん聞けたインタビューとなりました。次なるワールドも楽しみですね。