11月25日、スイスの人類学者ミラとVTuber/作家バーチャル美少女ねむによる研究ユニット「Nem x Mila(ねむみら)」はソーシャルVRユーザーのアイデンティティの在り方を調査した定性レポート「メタバースでのアイデンティティ」を公開することを発表しました。
今回の調査では、これまで実施してきた定量調査である「ソーシャルVRライフスタイル調査」と異なり、自由筆記形式の質問を数多く含む定性調査となり、どのようなアイデンティティを持っているのかをより詳しく調査する形となっているとのこと。
レポートの公開に合わせて、スーパーバイザーとして調査に協力した産総研・大山潤爾博士の総評も公開。この他にも、11月30日22時からは調査を実施した研究ユニット「Nem x Mila」による調査報告回がYouTubeで配信形式で開催されます。(配信URL)
レポートは無償で公開されており、下記のリンクからダウンロード・閲覧できます。
以下はプレスリリースより引用です。
■大規模定性調査「メタバースでのアイデンティティ(ソーシャルVRライフスタイル調査 重点探求シリーズ)」
過去2回に渡り「ソーシャルVRライフスタイル調査」と題して大規模な定量調査を実施したところ、レポートを読んだユーザーのみなさんから、回答の割合だけではなく、結果の背景にある理由や原因をより詳しく知りたいという反響を数多く頂きました。そこで今回は、特に注目度の高かった「ソーシャルVRユーザーのアイデンティティ」に着目した定性調査を実施しました。自由筆記形式で「アバターデザインの背景にある動機」「VR生活による影響」「アイデンティティの在り方」について詳しく質問した回答を分析しました。1,012件の定性データの分析は想像以上に困難で、過去の調査と比較にならない作業量になりましたが、仮想世界で広がる人々の新たな生き方や自己の在り方の多様性が解像度高く浮かび上がりました。より良い未来を議論するきっかけになれば幸いです。
Nem x Mila
●調査概要
・目的:ソーシャルVRのユーザーのアイデンティティの在り方について定性的な理解を深めること
・対象:VRヘッドマウントディスプレイを用いて、ソーシャルVR (VRChat、Neos VR、cluster、バーチャルキャストなど) を直近1年以内に5回以上使ったユーザー (デスクトップ・スマホからのみの利用者は今回は対象外)
・方法:2024年6月24日~7月12日、 日本語・英語でのGoogleフォームによる公開アンケート
・募集:日本語・英語でプレスリリースを発行。各種メディア・関連コミュニティ経由で拡散
・運営:研究ユニット「Nem x Mila」
●回答数:1,012件
自由筆記が多く回答に時間がかかるにも関わらず、1012件もの回答が集まった。回答者の居住地域は日本・北米・ヨーロッパ・アジア等。
●レポート概要
<第1章 ユーザープロファイル2024>
・ソーシャルVRサービス:2021年から引き続き、地域に関わらずVRChatが支配的であった。2023年に開始されたResoniteが3地域でNo.2になった。
・物理性別: 2021年から引き続き、地域に関わらず男性が多めであった。北米・ヨーロッパで昨年より”その他”が大きく増加した
・年齢:VRChatでは半数が20代以下であった。VRChat・北米・ヨーロッパで昨年より”19歳以下”が増えた。
<第2章 アバターデザインの背景にある動機>
・アバターの種類・性別・年齢・物理世界の自分との類似性のそれぞれについて、デザインの背景にはユーザーによって様々な動機が存在する実態が浮かび上がった。
・サービス・地域・物理性別を問わずアバターの「可愛さ」が非常に多く理由として挙げられた。
・単なるファッション・個人的嗜好・所属コミュニティなどがアバターデザインの動機になる場合が多いが、中にはより切実な理由が存在しているケースもあった。
・アバターの利用により他者とのコミュニケーションが物理世界と大きく変化することや、仮想現実が可能にする自己のアイデンティティ表現の理由からアバターデザインを選んでいるケースもみられた。
<第3章 ソーシャルVR生活による影響>
・行動の変化:ソーシャルVRでの行動について62%が「ある程度変わる」と回答した。特にヨーロッパでは79%と高い数値を示した。変化の内容は多種多様だが、活発になる・リラックスできるなど、ポジティブなものが多く見られた。
・良い影響:ソーシャルVRでの生活の影響について、92%が「良い影響」と回答した。具体的には、社会の輪が広がったこと・精神衛生・学びなどが挙げられた。
・悪い影響: 「悪い影響」は比率としては少なかったがアジアでは12%と他地域に比べてやや高かった。最悪の場合、のめり込みすぎて心身にダメージを負うケースも見られた。
<第4章 多様なアイデンティティの在り方>
・VRアイデンティティを隠すかどうか:過半数の55%が「隠さない」と回答し、やや優勢であった。
・VRアイデンティティを「隠す」理由としては、他者からの偏見を恐れる声・仮想現実と物理現実を分けておきたい、等が上がった。「隠さない」理由としては、物理現実と仮想現実はつながっているから・メタバースを広めたい、等が上がった。
・人生のメインのアイデンティティ:39%もの回答者が、現在の感覚あるいは将来の希望として、VRアイデンティティをメインのアイデンティティとして生きる意向を示した。
・「VRをメインのアイデンティにしたい」理由としては、なりたい自分・よりよい自己表現を目指す声等が上がった。逆に「したくない」理由としては、アイデンティティを別々に分けておきたい・(物理) 現実世界も大事、等が上がった。
■総評:産総研・大山潤爾博士
『自分らしさとは?』という、誰もが一度は考えたことがあるだろう問いに対して、本調査は、仮想世界で現実と異なる自由な身体で生活するユーザーの体験報告から、新しい知見を提供している。特に衝撃的なデータは、回答者の39%が、ソーシャルVRでの自分のアイデンティティを自分の主なアイデンティティとしたい、または、すでにそうしていると回答している点である。また、ソーシャルVRでは現実よりも活発で社交的になる(15%)、社会とのつながりが広がる(37%)、メンタルヘルスが改善(28%)、価値観や学びが広がる(24%)などのポジティブな回答がみられた。さらに、自分と見た目の性別や年齢が異なるアバターや人ではないアバターを利用する理由や、女性型アバターの利用を好む理由の自由記述の分析結果は、ソーシャルVRでのライフスタイルの多様性を具体的に知ることができる貴重な知見である。今回は、特にアイデンティティが調査テーマであったため、関心の高い回答者の比率が高かった可能性はある。しかし、VRでは現実より自分らしくいられる感覚があるユーザーがいるということは、ソーシャルVRを生活の一部として仮想世界と現実世界を往来しながら生きることで、より自分らしく生活できる、誰もが生きやすい社会の実現に近づけるという希望を与えてくれる。
スーパーバイザー:
大山潤爾博士
産業技術総合研究所 人間拡張研究センター(HARC)
筑波大学大学院 認知インタラクションデザイン学研究室