2023年10月から、オリジナル3Dモデル制作によってメタバース事業に参入した大丸松坂屋百貨店。「正装」をコンセプトに据えたVRChat向けアバターを、2024年3月までに合計12体を発売し、その数だけでなく、関わるクリエイターの豪華さも大きな話題を呼びました。
まさに前代未聞とも言える挑戦ですが、12体をリリースし終えた今の手応えや、今後のビジョンはどのように考えているのでしょうか。大丸松坂屋百貨店のアバター販売チームで「DM-Red」として活動している、大丸松坂屋百貨店 経営戦略本部 DX推進部デジタル事業開発担当部長 岡崎路易さんと、株式会社V 代表取締役兼CEO 藤原光汰(Alice)さんに、半年に渡るアバターの制作販売を振り返ってもらいつつ、「VRChatでビジネスをすること」について語っていただきました。
クリエイターとともに、住民に根ざしたものを作る
――まずは、大丸松坂屋百貨店がアバター販売でメタバース事業に参入した経緯をお聞かせください。
岡崎 まず、大丸松坂屋百貨店は、400年以上の歴史がある実店舗での商売から、「空間を使ったビジネス」を得意分野としてきました。しかし、2000年以降のインターネットビジネスに関しては、正直なところ後塵を拝しました。大手ECや検索サイトには勝てなかったんですよね。
そんな中、メタバースが現れました。そしてメタバースを知るごとに、2DのWeb画面ではなく、人々が行き交い、生活をし、触れ合う3D空間で、さまざまな生活のソリューションなどを提案する我々の強みが活きるのではないかと考えたんです。これが、メタバース事業に参入を考えた最初の理由です。
そして、アバター販売で参入を決めたのは、すでにある程度の市場があったことに加えて、ここで遊んでいる人にとって自己表現ができる、不可欠なものに近かったからですね。なおかつ、HIKKYさんのような本格的なワールド構築・運営、イベント開催、広告事業よりはライトな取り組みにしたかったことも大きいです。そんな思惑から、「ハコ」をつくるのではなく、ユーザーに近い商品であるアバター販売を選択しました。
――実際、今現在の反響を見てみると、「ワールドを作って放置」よりもしっかりとユーザーへリーチできている印象はありますね。
岡崎 いわゆる「過疎バース」は避けられたかなと思います。この判断ができたのも、私自身がユーザーとなって遊んでみたのが大きかったですね。
――株式会社Vをパートナーに迎えた経緯はどのようなものだったのでしょうか?
岡崎 DX推進部でメタバース領域についての事業検討をするにあたって、知人からAliceさんをご紹介いただいたのがきっかけです。その後、実際にお招きして、「バーチャルマーケット」出展などのメタバース方面の取り組みの振り返りや、実際のメタバース市場に関する勉強会などを開催したんです。3ヶ月から半年くらいはやっていましたね。
Alice 勉強会を通してお話を重ねていき、もともと「バーチャルマーケット」にずっと出展されてきた会社さんだったけど、それだけにとどまらず、次なるメタバース事業を展開していこうという機運を感じました。
そして、さまざまな切り口から「どんなことができるのか」を考えていたのが、1年前くらいの出来事です。その時点では、アバター販売以外にもいろいろなアイデアが出ていましたね。
――どのようなアイデアがあったか、具体的にいくつかご提示いただいても大丈夫でしょうか。
Alice 印象に残っているのは、百貨店の文化である「外商」のアイデアですね。ある程度の収益を上げているVTuberさんやクリエイターさんを対象に、VRChat上での新しいお買い物体験を提供できないかな、ということは考えていました。
岡崎 当時、Aliceさんも少しかしこまっていたので、「百貨店ならではの外商ビジネスとメタバースを組み合わせてみてはいかがでしょうか」という、教科書的なご提案もいくつかされていましたね。でも、僕はその中から飛び道具的なものばかり拾っていた(笑)。なので、その段階からワールド制作などのアイデアは進行しなかったんですよね。
Alice そうですね。ワールド制作だと後々、しんどくなりそうだなって思っていましたし。
岡崎 そして、そのアイデアについて話しているなかで、この世界に「収益を上げているクリエイター」がいることを初めて知ったんですよね。新たな商売・働き方をしている人がいて、一定以上の稼ぎを得ているならば、たしかに外商が成立する。
一方で、これまでインフルエンサーとお仕事していた経験があったので、そのくらいの稼ぎを出せる人が現れること自体は、すんなり納得できたんですよね。そして、彼らといっしょに仕事をすることもできそう、というところまで見えてきたんです。
――岡崎さんはインフルエンサー事業でTikTokのフォロワー18万以上のアカウントを作り上げた経験もお持ちですよね。それならばたしかに、理解は早そうです。
岡崎 弊社社長はびっくりしていましたけどね(笑)。「そんな稼げている人いるの!?」って。もちろん、まだたくさんいるわけじゃないよ、とは補足しましたけども。
ほかにも、「夜活動して、昼は寝ている」というクリエイターのライフスタイルについても、社長は驚いてましたね。専業として活動している人は「夜に動くために昼間は寝ているんです」とか、兼業している人は「昼間は働いてクリエイターとしては夜に仕事するんです」とか、そんな説明もしていました。
Alice お仕事を家の中で全部こなして、消費活動も家の中で済ませてしまう。「家の中で経済活動が成り立っている」ことに、すごく衝撃を受けていましたよね。
――そこから実際にスタートしたアバター制作ですが、両社の担当範囲についてご教示ください。
岡崎 大きく分けると、大丸松坂屋百貨店は最終意思決定や、大きいディレクションを担当していました。実制作のディレクション以降はVさん担当です。
Alice 大丸松坂屋百貨店にとって初めてのアバター制作ということで、細かいテクニカルなフィードバックはVから出させてもらい、それを大丸松坂屋百貨店側で意思決定する流れでしたね。それと、大丸松坂屋百貨店からも、クリエイター陣との定例などに出席いただく、専属の担当者をアサインいただきました。
もちろん、イラストレーターやモデラーのキャスティングでも、「この方にお声掛けしていいですか」「この方に来ていただければすごくいいものが作れると思います」といったような形で、こまめにご相談させていただきながら進めていきました。
そして、大丸松坂屋百貨店もしっかりコミットいただいていましたし、岡崎さん含めてちゃんと『VRChat』をやっている人たちが参画されていたことは、すごく大事なポイントだと思いましたね。
――おまかせするにしても、やはり解像度が高いに越したことはないですね。
異例の「オリジナルアバター12体販売」の手応えは?
――今回のアバター販売では、合計12体のアバターが展開されました。現在は各アバターごとの衣装展開も進んでいますが、まず12体の展開が終わった時点での手応えをお伺いさせてください。
岡崎 ひとまず、一定のニーズがあることはすごくわかりました。もちろん、現在のVRChatアバター市場は個人制作が主流ではありますけど、企業がハイエンド価格帯でしっかり作り込んだものを出すことにも、ユーザー理解があると感じましたね。
また、実際に事業を始めたことで、より文化、市場としてパワーを感じるようになった、というのが手応えとしてあります。今回はまず、現役のVRChatユーザーへしっかり浸透することを重視しましたが、さらにユーザー数が増えて、市場自体が大きくなることにも期待したいですね。
――アバター事業でいえば、直近だとツクルノモリが事業から一時撤退したのが、業界では大きなニュースになりましたね。
岡崎 そうなんですよねー。でも、ニーズはちゃんとあると思いますし、ニッチですぐに潰れるマーケットじゃないと確信しています。
一方で、これからどうなるかという未来予測自体は慎重に考えています。おそらく、エンゲージメントの高い数百万人が集まる、強大なサブカルマーケットにはなり得るのかなとは感じますが、「TikTok」のような数千万規模のものになるかどうかは、ちょっと落ち着いて見ていきたいなと。
――V社としてはどのような手応えがありましたか?
Alice これだけ大きな企業が、しっかりと腰を据えてVRChatに参入してくることは、これまでなかったと思います。そして今回の挑戦で、VRChatユーザーに大丸松坂屋百貨店というものが浸透したんじゃないかなと感じています。
自分の周囲の観測にはなりますが、Xの投稿を見ていても、大丸松坂屋百貨店に行ったことをちゃんと報告する傾向が見られるんです。「バーチャルマーケット」出展時にもあったかもしれませんが、みんながより身近に感じるようになったんじゃないかなと思います。
普通の百貨店に来たのではなく、「あのアバター販売もやってる百貨店に来た」と、感じてくれているのかなと。それを見ていると、メタバース領域に参入することでやれることが、まだまだ広がっていくんじゃないかなという期待感がありますね。
――単なるアバター販売にとどまらず、アバター販売を通した顧客へのブランディングも並行して行えるかもしれないのですね。
Alice あと、先日開催された写真展「Virtual Photography Showcase 2024」とのタイアップ(※)を見ていて、オフラインでもおもしろいことができるんじゃないかと思いました。あの写真展は百貨店の中で開催されたわけではないですけど、百貨店の中にはギャラリーがありますよね。まだまだ手を伸ばせる領域のかけ合わせがありそうで、ここにもすごく可能性を感じています。
――私も最終日に行きましたが、ちょうどトークショーを開催中のタイミングで、会場がほぼ”フルインスタンス”(満員)だったことに驚かされました。たしかに、オフライン企画には可能性がある。
岡崎 どうやらトークショー中は延べ40〜50人もいたみたいです。この盛況は我々も予想できなかったですね。もちろん、その集客はクリエイターさんの力によるものなんですが、大丸松坂屋百貨店としても関われてよかったなと思います。
――そして、「Virtual Photography Showcase 2024」は個人主催の企画でした。ここに大丸松坂屋百貨店が「企画をいっしょにやろう」と持ちかけてきたのは、他業種から見るとものすごい特殊だと思いますが、VRChat業界ならではの動きだとも感じました。
岡崎 アバター販売をする中で、プロモーション活動・市場理解の一環のようなものとして、「金曜日はぶいちゃ!」というYouTube配信をやってみたり、試着会を開催してみたり、「バーチャルマーケット」ともコラボしてみたり、初心者案内をお手伝いしてみたり、さまざまな活動をやってきました。それは、僕たちもVRChatの生活者の方々のことを理解したいし、逆にその人たちにも僕たちのことを認知してほしいって思いでやっています。
その活動を通して、VTuber、V芸人、バーチャルフォトグラファー、ワールドクリエイター、衣装改変が得意な人などとお会いし、「こんなクリエイターさんがいるのか」とあらためて知ることができました。「クリエイターの価値を高めて、世界に広めていきたい」と口では言ってきましたが、この半年で自分たちの活動を通して実際に多くのクリエイターの方々に出会ったこともあって、より実感や想いをこめて言えるようになったかなと。
そして、ひとつのマイルストーンになったのが、「Virtual Photography Showcase 2024」だったのかなと思いますね。今回の写真展でも、どうしたら彼らのクリエイティブが評価とマネタイズにつなげられるか、ベストソリューションはなにかを考えていました。物販も力になれるはずだし、入場券やギフティングのサポートもできるはずですから。
写真展が終わったあとも、フォトグラファーさんたちから、「まだまだこれだけで稼げるほどじゃない」、「次の写真展を開催するだけの原資は稼げた」、「5年前からは考えられないほど物販が売れた」など、いろいろな報告がありました。そうしたクリエイターエコノミーにもっと携わっていきたいし、それを近くで見ることができているのは、うれしいことだと感じています。
――百貨店は、もともと芸術品などのキュレーションや宣伝・販売も手掛けてきた存在であると思えば、こうした「新たな才能」を見つけてプッシュアップする活動は、非常に筋が通っているように思います。そして、これをクリエイターと近い距離感で展開できているのが、いまの大丸松坂屋百貨店なのかな、という印象です。
岡崎 我々とクリエイターさんの双方にお金が入るようにするべく活動してきましたが、まだまだ道半ばですが、半年でやってきたことの形が見えたなとは感じます。
アバターごとの反響と、KPI設定について
――アバター販売について、具体的な反響についてお伺いできれば。まず、今回販売した12体の中で、特に反響の大きかったのはどのアバターでしたか?
岡崎 反響が大きかったのは男性アバター全般ですね。かっこいい男性アバターが、第1弾では5体中2体、全体では12体中4体もいることには、ポジティブな反応が多かったです。
Alice VRChatの外からの評価・反響も感じられましたね。去年末の「VRMコンソーシアム」のアワードでは、ユーザー投票賞として、数多の候補の中から3体選出された中の2体が大丸・松坂屋アバターでしたし、「TOKYO XR・メタバース&コンテンツビジネスワールド」ピッチイベントでも、アバター部門で『瑚紅姫』が1位を受賞しています。
岡崎 一方で、購入された数でいうと、女性アバターのほうが多かったです。男女ともに女性アバターの使用率が高いVRChatの傾向が出ていますね。そして特に、ORIHARAさんがデザインされた『玲來』と、SWAVさんがデザインされた『湊渚』が人気です。デザインを手掛けた方の作風が強く出ていることが大きかったのではないかなと思います。
――ORIHARAさんはAdoさんのイメージディレクションを、SWAVさんは『KAMITSUBAKI STUDIO』の幸祜さんのデザインを手掛けていますし、ネームバリューは強いですよね。著名なVTuberのデザインを手掛けた人が、新人VTuberのデザインを担当すると、初速が強めになる事象と似ているような。コトブキヤさんでも、著名なイラストレーターをデザインに起用したアバターを制作されています。
岡崎 ツクルノモリさんでも、最後に発売された『伊奈波かや』が、榎宮祐さんがデザインされていましたよね。
――ビジネス的な視点で見ると、「著名なイラストレーター・デザイナーをアバターデザインに起用すると反応がいい」は、ある程度の再現性が見込めそうです。
岡崎 モデリングなどはある程度、VRChat方面で実績のある方をアサインしたほうがいいかもしれませんが、デザインについてはまだまだチャレンジできる要素なんだろうと思いますね。V社さんも今回、ORIHARAさんや米室さんなど、普段VRChatにはいない人たちをしっかり連れてこようと尽力いただきました。
――先ほども言及されていた「ユーザー数を増やす」上で、こうした施策は効果的かもしれませんね。
岡崎 もちろん、アバターの魅力はそれだけにとどまらないと、VRChatユーザーのひとりとしては伝えたいですけどね!
――もうひとつ気になることとして、KPI設定はどうされましたか?
岡崎 アバター制作については、単年度でキャッシュの回収はできず、複数年かけて回収するべき、投資的な意味合いがあると当初から考えていました。メタバース事業は新規事業なので、その年からすぐに利益が出るものじゃない。
今後、新規の衣装展開などもしていくこともあり、事業計画をアップデートしないといけないところですが、はじめの12体については複数年で回収できるようなモデルで考えてましたね。
――こうしたKPI設定についても、Vとともに検討したのでしょうか?
岡崎 そうですね。一緒になってトップラインを考えてくれました。もちろん、ゴールは収益につなげることですけど、やはり初期はいかにVRChatユーザーに知ってもらい、ポジティブなファンになってもらうことが、KPIとしてすごく重要になってくるので、Xのフォロワーなどはしっかり見ながら取り組んでいます。
――具体的な数値設定以外だと、メタバース事業を展開する上で重要なポイントはありますか?
岡崎 メタバースだけでなくSNSにも言えることですけど、「何のためにそのメタバースをやるのか」は意識するべきですね。そこで商売をしたいのか、Z世代にリーチするマーケティング目的なのか、ガジェットやサブカルなどの濃い界隈へアプローチしたいのか、明確にして取り組むべきです。
――自分たちがメタバース事業をやる目的を言語化できるか、ということですね。
岡崎 「メタバースで事業をする」とは言っても、既存商品を宣伝するチャンネルとして選択されている方々もたくさんいますからね。Web広告やインフルエンサーマーケティングなどの、さまざまな選択肢の中にメタバースが加わりつつある。それでも、単年度の売上より、自分たちがどれだけリーチできるかというのが重要だと思います。
Alice リーチにつなげるためにも、ちゃんとした根拠を持ってプラットフォーム選定をすべきですよね。「SNSをやるぞ!」と言っても、Xなのか、Instagramなのか、TikTokか、YouTubeかで、ぜんぜん違う。それと同じように、メタバースもVRChat、Roblox、ZEPETO、フォートナイトとでは、生態系が全く異なる。だからこそ、「どこでやるのか」が参入するときにすごく大切ですよね。
岡崎 そして、まず最初にアプローチするべきなのは、そのプラットフォームの生活者なんですよね。VRChatだろうと、ZEPETOだろうと、フォートナイトだろうと、彼らにアクセスできているかが重要になる。その段階になって、そのプラットフォームの生活者の動向がうかがえる数値をしっかり見ていくべきですよね。
Xならばフォロワーやインプレッションが重要になる。そしてVRChatならば、Xの利用者がかなり多いので、Xから反響をチェックしていくのがベターになる。これがフォートナイトだったら、見るべき数値はまったく異なるはずです。
――現地を知ることが大切ですよね。メタバースと聞くとなにか先進的なものに見えるけど、一番重要なのはそうした泥臭い現地調査になる。
岡崎 よくある失敗に、「メタバースやってみたけど、人が集まらなかった、ものが売れなかった」があると思うんです。そりゃ最初はそうでしょうと。それよりも、あなたたちの商品に普段接しない人たちに、どれだけ接してもらえたかを測定して、接してもらった上での感想もしっかりと聞くべきなんです。初めからなにもしなくとも売れるものなんてない。
好きなものへの投資を惜しまないVRChatユーザーたち
――関連した質問になりますが、半年間VRChatユーザーをターゲットとしたビジネスを展開されたことで見えてきた、VRChatユーザーの「顧客としての特性」はどんなものでしょうか?
岡崎 まず、20代から30代が多いのは間違いないです。そして、専門学校生や大学生など、可処分所得が少ない人も多い気がします。日本社会より平均年齢が低く、労働している人が相対的に少ないコミュニティである以上、当然ではあります。
ただ、可処分所得が低いからといって、非購買顧客というわけでもない。むしろ、自分の好きなものに対しては、消費を惜しまない傾向を感じます。
Alice 趣味と好きなことに対するお金のかけ方が、他のセグメントの人と明確にちがいますよね。月の稼ぎは15万だけど、8万〜9万は自分の好きなことにつぎこむような人が多い。
岡崎 そして、いわゆる「推し活」であるような投げ銭的な消費行動よりも、現物を求めていますよね。アバター関連支出はもちろんですが、ゲーミングPCやVR機器など、高額な設備投資も惜しまない人が多い。その動機は性能云々以前に「よりよいものを手に入れたい」というものが多いように感じます。
Alice 近いセグメントは、ゲーム配信やeスポーツですかね。あそこも、ゲーミングPCなどに多くのお金を費やす傾向がありますが、それは自分の体験を良くしていきたいという欲求なのかなと思います。一番時間を使うことに対して、一番お金をかけている。
VRChatには、「こっち(VRChat)のほうが楽」と思っている人がかなりいると思うのですが、その理由は「過ごしている時間が長い」からだと思うんですよね。そして、なぜ長い時間を費やすのかと言えば、そのほうが楽だから。
――感覚としてはわかる気がします。VRChatの場合、よい機材は体験・生活の質に直結する以上、QoLを求めるための出費を惜しまないのかなと。
岡崎 あと、顧客特性とは少し異なるのですが、Amazonのほしいものリストなどを中心に、「友達同士でものを贈り合う」という風習がありますよね。僕もユーザーとして、フレンドにほしいものリストからプレゼントしたことはあるんですが、これはなかなか他のセグメントでは見ないなーと。VTuberのようなある種のインフルエンサーに限った行動じゃないんですよね。普通の人たちがやっている。
――言われてみればかなりめずらしい行動ですよね。どのあたりが出自か、自分もすぐには提示できないのですが。
岡崎 百貨店の上層部の、ギフトなどの研究などをしている人たちにも教えたいですね。「VRChatには、お歳暮のようなギフトを、匿名で贈り合う文化があるんですよ!」って。結構な市場があるんじゃないかなと思います!
――そんな傾向の見られるVRChatですが、今回のアバター販売を実施した中で、最も彼らに効果的だと感じた施策はどのようなものがありますか?
岡崎 これは意外と、X運用だと思います。いわゆる「おはツイ」という、アバターの写真をその日の最初に投稿する運用を大丸・松坂屋アバター販売公式アカウントでもやっているんですが、これがユーザーによく届いていると感じます。極端なバズこそないものの、インプレッションはたしかに得られているし、最近は「おはよう」とリプライしてくれる人も現れています。
そして、数値にも現れています。外部ツールで解析をかけてみると、大丸・松坂屋アバターアカウントのアクティブ率は90%を超えているんです。いわゆる懸賞用のダミーアカウントが極端に少なく、しっかりと現役のVRChatユーザーに届いています。
企業アカウントの国内平均は約40%らしいので、これは弊社の成果としても、自信をもってお伝えできますね。ユーザーに親和性の高い投稿を重ねていけば、VRChatユーザーはX上で非常にエンゲージメントの高い顧客へと変化するはずです!
――単なる情報発信にとどまるアカウントではなく、しっかりとユーザーとコミュニケーションが行えるアカウントに成長しているのですね。
岡崎 そうですね。普通の企業アカウントとは明確に異なる動きはしていると思いますし、そこが強みかなと。顧客とつながるツールとして活用できていると思います。
「Virtual Photography Showcase 2024」の際にも、もともと画廊で働いていたメンバーが、展示写真にギャラリスト目線でコメントする取り組みをやってみたところ、反応がよかったんですよね。単なる宣伝にとどまらない、中の人としての発信も重要なんだなぁと感じましたね。
軸は定めて、型にはめない。「イラストの3Dモデル化」に必要な心構え
――今回のアバター制作には、おそらく類を見ない数のクリエイターが参加されていたと思います。クリエイターのアサインやチームビルディング、およびマネージメントなどで意識したこと、うまくいったところ、課題について、それぞれ教えてください。
Alice 人数もそうですが、イラストレーターもモデラーも、自分の世界観をお持ちの方や、自分自身でも表現活動に取り組んでいる方に参画いただいたので、「型にはめない」ようには意識していました。
とはいえ、全員がバラバラなことを思うままにやってしまうと、完成品としてブレてしまうので、アバターの世界観や背景などの「軸」は定めさせてもらいました。そのうえで、個々の観点や表現などは尊重して制作いただいたことで、意見が出やすい制作環境を整えられたと考えています。
あと、イラストレーターのみなさんには最初に、「イラストをそのまんまモデリングするプロジェクトではないです」とお伝えしましたね。
――なかなかおもしろい前提提示です。もう少し詳細にお聞きしてもよろしいでしょうか?
Alice 制作していく過程で、VRChatアバターとしてよりよい形へと発展していくべきと考えていたからです。「そのまんまモデリング」だと、それは商業モデラーへのお仕事と同じになってしまう。
VRChatで活躍されているモデラーは、自分たちでも販売を手掛けているし、なによりVRChatをよく知る方たちです。彼らの発想を活かし、彼らから見て「どういうものがいいか」を制作に取り入れるためにも、発注の段階で自由度をもたせたかった……というねらいがありました。
――そうしたスタンスが具体的に現れたエピソードはありますか?
Alice わかりやすいのは、『湊渚』のクラゲですね。当初はイラストでサラッと描かれていた要素だったんですが、制作を進めていくうちにアイデアがふくらんで、「クラゲに乗る」というギミックが組み込まれたんです。モデリングはかなり大変だったと思うのですが、アイデアがふくらむこと自体はポジティブにとらえていましたね。とにかく、モデラーさんたちがすごかったです。
――『湊渚』の大きな特徴の一つですが、モデリング段階のアイデアだったのですね。とても自然だったので、イラストの時点でアイデアがあったのかと思っていました。
Alice 『湊渚』がラインナップした第2弾は、第1弾からのさらなるチャレンジとして、アバター本体以外の要素にもこだわる方針があったのが大きいです。
チーム全体に「第1弾を超えるぞ!」というモチベーションがあったのもありますが、アバターとしてはかなり高めの金額設定ですから、そこに対して購入意欲を持ってもらうべく、ギミックなどもこだわりたいという想いがありました。
――第2弾ですと、『紅遠』もギミックのこだわりぶりが特に印象的です。白鳩が飛び出すギミックには、ギミック担当者が文字通り「自分の手」を使って、鳩が羽ばたく音をつくって組み込んだ、という話を聞いたときは驚かされました。
Alice 第3弾の『零韻』も、「傘の仕込み刀」に組み込まれたSEはギミック担当者の手作りなんですよね。なんでも自分の家で包丁をこすり合わせて生み出したらしく。「そこまでするか!?」というアイデアも、ポジティブな流れで出てきていました。
――ここまで挙がった「3D化に際して生まれたアイデア」を、デザインを手掛けたイラストレーターはどのように受け止めていましたか?
Alice シンプルにVRChatの可能性に驚いている方が多かったですね。VRChatをプレイした経験があまりないので、「あそこまでできるのか」「ここまで汲み取ってくれるとは」と、フィードバック段階で喜んでいただけていましたね。
――「そもそも思いつかなかった」というのは、VRChatに慣れている身としては意外だったのですが、たしかにその通りですね。VRChatの表現力は外部の印象以上の強さがあります。
Alice やはりイラストレーターの方は、自分の絵が至るベストな発展として「アニメなどで動き出す」までは想像されるんですけど、アバターの場合は「自分が描いたものが立体になって、誰かが纏う」なんですよね。それはすごく新鮮な体験だったかなと思います。
まずは衣装を増やす。今後の大丸・松坂屋メタバース事業の展望
――今後、大丸松坂屋百貨店でアバター関連での展開は予定されているのでしょうか?
岡崎 まず、衣装展開は引き続きがんばっていきます! いまは各アバターごとの衣装の単品販売を実施していますが、そのあとは新作衣装の展開を考えています。
岡崎 新作衣装も2つの軸で考えています。ひとつは、完全新作。季節にあわせて、さまざまな衣装を発売し、ファッションを楽しみたいユーザー需要を満たしていきます。3ヶ月後には第1弾衣装を発売して、そこからほぼ1ヶ月に1回近いスパンで発売できるよう調整中です。
もうひとつは、すでに発売済みのクリエイター制作衣装の、当社アバターへの対応依頼ですね。現在、何人かのクリエイターさんとお話を進めているところです。我々のアバターで、さまざまな衣装を着ることができればより使いやすくなると思うので、まずは選択肢を増やすことに注力したいですね。
――となると、完全新作アバターについては、少し先の展開になるということでしょうか?
岡崎 ちょっと先になりますね。今年の後半ぐらいには、新作アバターも展開できるんじゃないかなと考えてはいます。続けることが何より大事だと思うので、ユーザーのみなさんにはお待ちいただければと思っています。
――アバター販売以外に実施を計画している取り組みはありますか?
岡崎 まず、Discordコミュニティの準備が進んでいます。また、やりたいこととして、これまで知り合ったクリエイターの作品などをキュレーションし、発表する、バーチャルギャラリーみたいなものを持ちたいなと考えています。大丸松坂屋百貨店のバーチャルギャラリーに、バーチャルギャラリストがいて、その人がクリエイターを探し、展示につなげていく、そんな流れができればより百貨店らしい存在になれるかなと思います。他の企業さんへご紹介にもつなげられればベストですね。
「人がいるメタバース」を、その目で見る
――まだVRChatをご存じない企業の担当者、あるいはすでに計画している担当者などへ、VRChatはどんな場所であるかお話しください。市場として見たときの現状や、未来予測もあればぜひ。
岡崎 やはり「人がいるメタバース」だよ、につきますね。自前で作ったプラットフォームと比べて、はじめからちゃんとした生活者がいること、そしてエンゲージメントの高い人――VR機材を被りながら睡眠をとるような、1日の長い時間を過ごしている方もいるのが、非常に大きなポイントです。現時点ですでに「日常生活を過ごせる場所」なんです。
今後の展望は先ほどもふれましたが、コアなファンを中心としたサブカルチャーとして拡大していくのか、それを超えて一般人も参加する巨大プラットフォームとなるか、でしょうね。どちらにも広げられるなと思いますし、どんなに小さくとも、それなりの規模のマーケットが生まれると予測しています。
Alice 未来展望というより願望を含みますが、まず、 今年は「メタバース」以外のワードを発明したいですね。「メタバース」と誰もが言うし、みんな自前でプラットフォームを作ろうとしていますが、やはりそれはめちゃくちゃ難しい。
なぜなら、人に新しい行動をさせることが、そもそも難しいことだからです。なので現状、新設のプラットフォームを使う人も少なければ、ユースケースも増えないんです。それを踏まえると、VRChatにこれだけの人がすでに根付いているのって、やはりとても大きなことだと思うんです。
一方で、VRChatが敬遠されやすい理由もあります。VRゴーグルがないと難しいという誤解や、美少女アバターから男の声がすることへの違和感は、一般層の人やビジネスマンにはどうしても生じやすい。でも、これほど生活の中に当たり前に根ざしている場所はないんですよね。多くの人が想像する「メタバース」の答えの1つが、ここにちゃんと存在しているんです。そういうところを、いろんな人にしっかりと見てもらえるよう、フィーチャーしていきたいですね。
岡崎 そういう意味でも、次の一手として「もっといろんな人が入りやすいところ」を作ることを模索したいですね。
――先日、VRChatにもついに日本語対応がオープンベータで配信され、iOS版のクローズドベータテストが始まろうとしています。今後、一気にVRChatへの参加ハードルは下がりますし、それにともなって新たな参加者も確実に生まれるはずですよね。
岡崎 そうして来た人たちが気軽に見に行けるものは必要ですよね。かつ、ちょっと独特な文化が強い場所もあるので、フラットな入口があればいいなとは思います。
――最後に、今後VRChatへ参画していきたい企業へ向けて、お二人からアドバイスをぜひお願いします。
岡崎 やはり、担当者が実際にVRChatをやるのが一番重要ですね。できれば責任者がプレイしているのがベストです。メタバースの生活者が、どのように、どんな価値観やライフスタイルで暮らしているかを知らないと、無意味にハコだけ作ったり、見当違いのものを発表したりして、失敗してしまいます。
実際にやることの大切さを示すこととしては「Virtual Photography Showcase 2024」のタイアップ企画「tsunagaru」の件があります。あの企画は、去年9月に異動してきたばかりのメンバーが走らせていたんですが、彼は最初、メタバースのことはなにもわからなかったんです。
そこから、VRChat上での活動からさまざまなことを学び、「金曜日はぶいちゃ!」でバーチャルフォトグラファーというカルチャーを知ったんです。そして、写真展から連絡をもらってから、さまざま提案を考えていき、「tsunagaru」の企画まで持っていってくれたんです。
大きな流れだけを見るだけでなく、自分の目で、「こんな人たちもいるのか」という実感を得てから、事業に踏み込んでほしいですね。それが業界のためでもあり、成功する参入にもつながるはずです。
Alice 希望的観測に基づく企画や参入は避けるべき、とお伝えしたいです。「メタバースをやっている」という会社でも、実際に、ユーザーとして体感していない人がかなりいます。なぜなら、そうした方はメタバースという概念に希望を持ちすぎて、「自分の考える最強のメタバースはこれだ!」というイメージだけ抱えているためです。自分では毎日メタバースに使ってないし、周りにも使っている人がいないのに。
でも、実際に世に出ていて、本当に人がいるメタバースは、実際はどんな場所で、どんな暮らしがあって、どんな熱量があるかを理解するべきです。そうした方が、いまあるセグメントへ解像度の高いアプローチができるし、施策の仕上がりも段違いだし、よりマスへ広がる可能性も生み出せるはずなので!
※「Virtual Photography Showcase 2024」:4月30日〜5月5日に開催された、バーチャルフォトグラファー6名によるグループ写真展。大丸松坂屋百貨店は、この写真展で今回販売したオリジナルアバターをテーマにした企画展「tsunagaru」を実施した。