8月25日、VRChatで100万Visit以上を記録した交流ワールド「NAGiSA」。その制作者である個人VTuber、エンジンかずみさんが、取締役に水瀬ゆずさんを迎え、新会社「株式会社ナギサコネクト」を設立しました。
多くの企業が参入しては撤退し、「冬の時代」とも揶揄されるメタバース。その中で、ユーザーコミュニティの最前線で支持を集めてきたエンジンかずみさんが、なぜ今法人化という道を選んだのでしょうか。
VRChatの熱気を絶やさず、クリエイターが正当な対価を得られる「経済圏」を創出したい。本記事では、2人の出会いから新会社の事業内容、そしてVRChatの未来にかける熱い思いまでを、インタビューを通して紐解いていきます。
当初は法人を建てるつもりはなかった。それでも──
──まず、お二人の出会いと会社設立の経緯を教えていただけますか。
エンジンかずみ 出会い自体は友人からの紹介でした。自分が水瀬さんの行っている不登校支援の事業に興味を持っていて、お話をしたのが最初です。
そこからよく話すようになって、ある時に「もっとメタバースを盛り上げていくためにはどうすればいいだろう」ということを二人で朝まで語りあったんですが、このとき出たのが法人化の話でした。個人のYoutubeでの発信ではやはりリーチできない層がいる。そんな人たちにも今のメタバースの魅力を届け、メタバースの有用性を示したいといった話をしたのを覚えています。
──イメージとしては、会社運営のノウハウのあるパートナーを探してゆずさんと手を組んだ、みたいなものだと思っていました。
エンジンかずみ もちろんそういう面もありました。ただそれよりも、僕と彼は考え方が似ていたんですよね。持ってるビジョンもそうですし、人生に対する向き合い方も割と似ていると思います。
そんな感じで心の中では法人化のことを思っているものの、どうしたらいいのか考えていた時に、一つ明確なきっかけがありました。自分と馴染みがある団体さんがメタバースに参入して、大コケしたんですよね。魅力のある団体さんだったのですが、うまくコンテンツを体験価値に落とし込めてなくて、来場者もあまり伸びず……。それを見たときに「その額を僕とNAGiSAに頼んでくれたら、絶対もっとうまくやれたのに…!!」と思ってしまったんです。結構驕ってるかもしれませんが(笑)

VRChatに参入してる企業さんは、担当者の方がVRChatのヘビーユーザーだったりとかで、どこもちゃんとしっかりしてる企業さんが多い印象です。ですが他の企業さんによっては、自身がメタバースの当事者でなかったりで、コンテンツ設計やユーザーの集客などに失敗してるケースもあります。
本当はメタバースの人口は増え続けてるし、この世界には熱狂がある。でも世間としては「冬の時代」と言われてしまっている。これを何とかしたいという思いがあって、微力ではありますが、会社を立ちあげました。
水瀬ゆず 懐かしいですね。エンジンかずみさんとは価値観が近寄っているなと感じていたり、同じくソーシャルVRの可能性を信じて、「もっともっといろんな活用の仕方があるんじゃないか」とよく話していました。実際、メタバース業界全体で見た時、ソーシャルVRはまだマイノリティという印象があります。コアなユーザーさんやクリエイターさんが多いのは確かですが。業界団体に関わっているからこそ、その現状を痛感しています。しかし、コミュニティ、身体性を伴う体験、そして日本がシーンの中心であるという点において、ソーシャルVRにはとても可能性はあると信じています。
エンジンかずみさんとはメタバース業界の中でソーシャルVRならではの可能性と活用の仕方をもっと広めたい。実装したいというビジョンはかなり一致していたと思います。
VRChatの強みは「友達と毎日遊べること」に尽きる
──ビジョンが一致したとのことですが、改めてソーシャルVR、特にVRChatの魅力はどこにあるとお考えですか。
エンジンかずみ 「友達と毎日遊べること」に尽きると思っています。社会人になると、新しい友人を作るのは難しいですよね。地方から上京し、会社と家を往復するだけの毎日。地元の友人とは半年に一度会えれば良い方、という人も少なくないでしょう。しかしVRChatなら、毎晩ログインすれば”イツメン”がいて、一緒に話したり、飲んだりできる環境があります。このような環境は、VRChatをやっていない人から見ても魅力的なことだと思います。
VRと聞くと、コンテンツベースが思い浮かぶと思いますがコミュニティベースで会いたい友達がいるから入るのが一番だと思います。
水瀬ゆず 私も同意見です。社会人になってから気づいたのですが、社会人で友だちを作ることって結構難しい側面もあると思うんですよね。それは核家族化や個人主義が進み、隣人の顔も知らないのが当たり前になったことや、多くの人が職場と家の往復に疲れ、休日や平日の夜にわざわざ出かける気力も湧かない。そんな現代において、会社以外のコミュニティや余暇の関係性を築くには、オンラインという選択肢が重要なものの一つになると実感しています。
ただオンラインでも、テキストコミュニケーションには限界がありますよね。その点ソーシャルVRは空間の共有を伴います。一緒に飲んだり、ゲームしたり、スポーツをしたり、サブカルチャーとの親和性の高さも相まって、日本人の気質にフィットしたのではないでしょうか。オンラインでのコミュニティを形成する上で、現状の最適解の1つと言えると考えています。
──その思想は、エンジンかずみさんが制作されたワールド「NAGiSA」にも通じるものがありますね。
エンジンかずみ そうですね。既存の交流ワールドでは、すでに固まったコミュニティの中に入っていく心理的なハードルがありました。それならば、システム側でランダムに1対1のマッチング環境を作ってしまえばいい、という発想が「NAGiSA」の原点です。

目指すは「メタバースが隣にある世界」
──事業内容にも関わると思いますが、今後目指す方向性はどういったものでしょうか?
エンジンかずみ ナギサコネクトの大きな目標としては、この世界の盛り上がりを多くの人に伝え、メタバースがより一般的な選択肢となるような世の中にしていくことです。
普及の面で言うと、昨年は大手の配信者の方の影響もあり、大きくユーザーは伸びましたし、自分もVRChatの動画を動画サイトなどで100本以上投稿してきました。しかし自分としてはこのエンタメ領域以外への普及や、今まで届いてなかった層へこのメタバースの魅力を伝えていきたいというのがあります。
例えば、主な領域としてはビジネス領域です。メタバースのビジネス領域では冬の時代などと言われていますが、これは2021年あたりにメタバースがバズワードとして認知され、多くの企業が参入したものの、期待以上を出せた企業が少なかったことがあると思います。

実際今でも、企業の利用方法としては現状広告媒体としての用途が大きく、外部の企業がVRChatに参入してすぐ何かお金を稼げるかと言えば、正直難しいです。
ただ逆にコミュニティ作りといった部分で言えば、現実よりユーザーとの距離が近く、熱量も大きい。そこはVRChatの強みかなと思います。
──現状では収益などの面で還元が来にくい環境ではありますね。法人を運営していくうえで、ユーザーコミュニティとの両立はどのようにお考えですか。
水瀬ゆず とても重要な視点ですよね。私達はできる限り収益化を優先してユーザー体験を損なうことは避けたいと思っています。法人化は、コミュニティへの還元を継続的に行うための仕組み作りだと考えています。一過性のイベントや企画で終わらせず、安定したチーム体制でユーザーに価値を提供し続けるための「箱」が会社だと我々は認識しています。コミュニティの意見をよく聞き、積極的に取り入れる姿勢を忘れず取り組みたいと考えています。
──ナギサコネクトの具体的な事業内容を教えてください。
エンジンかずみ 現時点で展開されている事業は主に二つです。1つ目はメタバース広告事業です。個人・サークル向けには「NAGiSA」内にポスターを掲載できるようにしています。部屋に一枚と、掲示されているポスターから毎回ランダムピックアップで入口にも掲示されます。


また法人向けに対しては、オリジナルオブジェクトの設置や、部屋を丸ごとをコラボルームするプラン等を提供しています。
2つ目は、ワールドのプロデュース事業です。NAGiSAのように初心者が入った際の手助けになったり、VRChatユーザーが居心地が良い・楽しいと感じるようなワールドを作っていきたいと思っています。ただ作るだけに終わることなく、ユーザビリティと収益性を両立させながら、ビジネス領域にVRChatが有用であると示したいと思っています。
それ以外にも、メタバースの魅力がより伝わるような、コミュニティに還元できるような空間制作や取り組み、サービスをどんどん実装していきたいと思っていますので、応援いただけると嬉しいです。
「メタバースの冬」を終わらせるために
──最後に、今このタイミングで「メタバース専門企業」を立ち上げた意義について聞かせてください。
エンジンかずみ 企業が多額の投資をしてワールドを作っても誰も来ない、といった体験を減らしていきたいです。ワールドやコミュニティをどう作り、どう発信すれば効果が出るのか、多くの企業に伝えていきます。
水瀬ゆず メタバースで何かやりたいと思っている方々に 「メタバースは使えない」と思われてしまうのは、業界にとっても、巡り巡ってユーザー・クリエイターにも大きな損失だと思います。ユーザーをどう巻き込めば良いのか、どのように一緒に作っていくのかまだ確立された手法がありません。効果的な施策を打ち、メタバースの魅力が伝わる前にチャレンジが断念してしまう、というケースを少しでも減らしていきたいと考えています。

エンジンかずみ
北海道大学大学院工学院卒。VTuberとしてVRChatを拠点に活動し、YouTubeチャンネル登録者数は4万人を超える。自身が開発を手がけたVRChatワールド「NAGiSA」は累計来場者数170万人を突破。株式会社ナギサコネクト代表取締役。
水瀬ゆず
株式会社ゆずプラス代表取締役、一般社団法人プレプラ代表理事。立命館大学客員研究員、横浜市立大学特任助手など複数の大学で教員を務める。VRメタバース不登校支援プログラム「ぶいきゃん」を立ち上げるなど、メタバースの社会課題解決を模索する。