VRC〈ブイチャ〉で映画を撮る前に… 【第20回】VRC《ブイチャ》で映画を撮る前に──

映画プロダクション「カデシュ・プロジェクト」代表のだめがねさんのVRChat映画制作するために必要なことをまとめた連載企画。第20回では、VRCで映画を撮る前に伝えたいことについて紹介。

20.VRC《ブイチャ》で映画を撮る前に──

VRChatで映画を撮るためのハウトゥをご紹介してきた本コラムですが、早いもので今回が最終回です。このコラムは映像の企画者(≒監督)に読んでいただくことを想定して書いてきました。最後は、監督の皆さんに筆者からメッセージをお送りしたいと思います。

映像制作は自由です。ましてや趣味の創作では、基本的に何かをする義務や責任というのはありません。それでも筆者は、人を巻き込んで映像を撮るからには、趣味であっても大きな責任が伴うと考えています。窮屈な考え方かもしれませんが、これは企画者であるあなた自身を守ることにも繋がる考え方です。

自主製作において、金銭の授受が発生することは稀です。では、代わりに何が取引されているのでしょうか?それは、「信頼」です。あなたが仮にたくさんの人を集めて作品を企画し、それを完成させられなかったとします。「ごめん、完成させられなかった!」──そう言うあなたを、協力してくれた人はきっと許すでしょう。ですが、ノーペナルティで終わるわけではありません。あなたは着実に、友人からの信頼を損なってゆくことになります。

世間がどれほど個人主義や逃げる自由、弱いままでいる自由を謳っても、人々がそれを好むようになったわけではありません。「辛かったら逃げてもいい」という言葉がSNSを中心に踊るようになりましたが、だからと言って「辛くて逃げた人が好かれる」わけではありません。ましてや、創作における辛さとは仕事や環境から来るやむを得ない辛さとは異なり、分かっていて踏み出した悪路です。険しいからといっておいそれと逃げ出していては、せっかく夢を叶えられるはずの創作で自尊心をすり減らして終わってしまいます。だからこそ、監督には辛いときに自分を鼓舞する言葉──3つの「責任」が必要なのです。コラムの最後に、これついてお話ししたいと思います。

(1)作品を作るということ──作品を世に出す責任

監督が負う最大の責任、それは「作品を世に出す責任」です。繰り返しこのコラムでお伝えしてきましたが、他者を巻き込んで作る映像作品の企画者は、関わったすべての人の努力を預かっています。ワールド制作、アバター調整、小物の制作、撮影、アクター…あなたが作品を世に出さなければ、それらの全てが無駄になります。

映像作品の制作は、楽しい工程ばかりで終わることは稀です。度重なるリテイクや深夜まで及ぶ撮影など、友人同士とはいえ辛さの方が勝つ場面も大いにあると思います。それでもスタッフが付いてきてくれるのは、誰もがあなたなら作品を完成させて確実に世に出してくれると信じているからです。そういう意味で、自主制作映像というのは友情や信頼を担保に仲間の努力を前借りするシステムで回っていると言えます。

しかし、現実問題として作品の完成が難しくなる場面も存在します。体調を崩した、仕事が忙しくなってしまった、使用している機器の不調──気持ちは前向きなのに、やむを得ず作品の制作を中断せざるを得ない。そんな場合には、残念ながら損切りも必要です。

まずは、仲間に良く事情を話して、理解してもらってください。そして、工程を誰かが代行することで作品制作を継続できないかを考えてみてください。それでも難しい場合は、当初予定していた形での完成を諦め、パイロット版(試作映像)やショートPVとして完成させる道もあります。これらは大きな挫折に思えますが、実際の映画製作においても無くはない事態です。それに、『デッドプール』(ティム・ミラー監督/2016)のように、流出したパイロット版の評価が極めて高かったことから制作にGOが出た作品もあります。

「作品を世に出す責任」というのは、何も無理を押して作品を完成させることではありません。柔軟な判断でひとまず公開だけしてしまうというのも、監督として立派に責任を果たしていると言えます。

筆者の経験から、監督の仕事は、「決める」「怒る」「謝る」の3つに大別出来ると思います。悩ましい状況ではきっちりと方針を示し、内外問わず不義理があったときにはしっかりと怒りを表明し、そして間違いがあった時には謝る。それらをしっかりとこなしている姿を、仲間たちは必ず見ていてくれます。そうすれば自ずと、作品が無事に世に出る可能性も高まっていくことでしょう。

(2)有名になるということ──欲を飼いならす責任

VRChat映画を製作されている方の中には、「有名になりたい」「評価されたい」といった動機で作品を作られている方もいらっしゃると思います。それ自体は否定しません。しかし、もしあなたの動機が100%「何者かになりたい」という欲求だけなら、あなたはここを去るべきです。それは何も、「崇高な目標を持つ者のみ残れ」という精神論ではありません。VRChat映画は、有名になるにはあまりに効率が悪すぎるからです。

そうは言っても、客観的に見れば筆者はVRChat映画のおかげで知名度を得た人間です。その立場からこういうことを言うのは、ある種の暴力に映るかもしれません。ですが、ここは立ち止まって考えてみましょう。果たして、VRChat映画シーンに有名人や有名作品など存在するのでしょうか?

有名さの基準を再生数とするなら、VRChat映画で最も有名なのは『What If Mirrors Were ILLEGAL In VRChat?』(Metacosm Studios/2022)の20万再生です。(※筆者調べ)そこからしばらく海外の作品が続き、5位、6位まで来てようやく国産VRChat映画である『プロジェクト:エメス』(だめがね監督/2021)、『NINE -PREQUEL OF EMETH-』(中田らりるれろ監督/2022)が現れます。再生数はそれぞれ、16,000再生ほどです。

3DCGソフトで作った学生の自主製作やアニメなどが100万再生といった数値を叩き出している自主制作映像シーンと比べると、総じて小ぢんまりした数字です。それに、この規模ではVRChat外にこれらの作品を知っている人はほとんどいないでしょう。こういったことから、VRChat映画シーンに有名人や有名作品など存在しないといって良いと思います。

所詮、みんな等しくインディーズです。巨大なゲームワールドや有名なアバター用衣装を作ることとは、比べるべくもない規模です。つまり、もしあなたがVRChat映画のトップ層を有名人と見て嫉妬の炎を燃やしているのであれば、そこにはすでに認知の歪みがあります。客観的に見て有名でないものを有名だと感じたわけですから、何か他にあなたの心に火をつけたものがあるはずなのです。それを見つけることが、監督が背負う第二の責任──「欲を飼いならす責任」です。

欲望は形が曖昧であるほど人を狂わせます。叶える手段があいまいになり、叶いづらくなっていくからです。嫉妬はその典型であり、飼いならせなければ自分や周囲の人間をも焼き尽くしてしまいます。嫉妬を飼いならすには、己の欲の本当の形を知るしかありません。

VRChatで何かを為したいと思ったあなたの前に、映像制作という選択肢が転がり込んできたのは偶然かもしれません。しかし、あなたがその映像制作という手段を選んだのは、あなた自身の意思であって偶然ではないはずです。あなたに映像制作の道を選ばせた本当の理由はなんでしょうか?学生の時にかなえられなかった夢の続きに挑みたい、あるいは命を吹き込まれた自作のキャラクターが見たい…どんな理由でも構いません。それが具体的であるほど、叶えられる可能性も高まっていきます。

あなたは、本当に有名になりたかったのでしょうか?作品を撮る前に、よく考えてみてください。

(3)仲間を集めるということ──スタッフを好きになる責任

共同創作が頓挫する原因で最も多いのは、残念ながら人間関係のトラブルです。VRChatにおける創作も例外ではなく、むしろ作品制作の難度が原因で頓挫することは極めて稀です。人間関係のトラブルという点を、もう少し深掘りしてみましょう。トラブルと言っても色々な形が考えられますが、ざっくりとまとめるならギブ&テイクが成立しなくなったときにトラブルが起きると思ってよいでしょう。

そして、仲間からギブを得たいなら、まず自分が与えるしかありません。リーダーというのは大変な仕事です。単に義務をこなすだけでも大変なのに、そのうえ仲間に何かを差し出さなければいけないのか…と内心思ってしまうかもしれません。ですが、映像制作のために仲間を集めた理由を思い出してください。あなたには創れないものを創れるから、あなたには出せない声を出せるから、仲間が必要になったはずです。全てがひとりでこなせるなら、仲間など必要ありません。つまりあなたの仲間は、あなたを助けるために集まってくれたのです。その意味で、監督は最初から仲間に対してテイクを負っていると考えて良いと思います。

もちろん、しつこく言い寄られてやむを得ず仲間に入れてしまったような場合もあると思います。それでもなお、責任は監督にあります。なぜなら、仲間に入れてしまったのは自分だからです。他の誰のせいにすることもできません。

とはいえ、こんなことをグルグルと考えていると段々嫌気がさしてきます。人間関係を損得で考えるのはあまり気持ちのいいものではありませんから。一番手っ取り早いのは、仲間を好きになり、仲間にも自分を好きになってもらうことです。誕生日に声をかける、一緒に遊ぶ…家が近いなら、一緒に食事に行くという古典的な方法もかなり有効です。そういう小さな積み重ねが、確実に人間関係を円滑にします。それゆえに、妙な言い方ですが「スタッフを好きになる責任」が監督にはあるのです。

自分で集めたスタッフが嫌いな監督など論外ですし、好きになれないような人を仲間に入れてしまったのなら、やはりそれもあなた自身に責任があります。加えてよくあるのが、監督がスタッフを競争相手と見てしまうパターンです。監督自身が演者も兼ねているような場合に、目立つ主演の俳優に嫉妬の目を向けてしまったり、評価されている仲間の手柄を横取りしてしまうことがあります。これも当然、もってのほかです。強い言い方をするなら、監督という立場になった時点でプレイヤーとしての成功体験は諦めるべきでしょう。あなたが得られる成功はただひとつ、「作品の成功」のみです。それ以外の称賛は全て、仲間へ差し出しましょう。必ず、それに見合うパフォーマンスが作品の形で返ってくるはずです。

(4) 最後に

あなたは、何のためにVRChatを始めたのでしょうか?どこに魅力を感じてVRChatを続けているのでしょうか?そして、VRChatを通じて、何になりたいのでしょうか?

筆者は、よく言われる「VRChatがなりたい自分にならせてくれる」というのは嘘っぱちであると思っています。VRChatはあくまでプラットフォームです。「なりたかった自分を思い出させてくれる」というだけで、それを叶えるのは自分自身の力です。そして、「なりたかった自分」がクリエイターだったのであれば、残念ですがあなたには過酷な道が待っています。

あなたは、静かなワールドで寝ていても良かったのです。ミラーの前で自分を眺めていても良かったのです。クリエイターは得てして創作をしない人を見下しがちですが、創らないことは決して悪いことではありません。それこそが本来のVRChatの遊び方であり、むしろクリエイターこそが少数派です。

でも、考えてみてください。遠い未来──VRChatのサービスもとうに終了し、あなたが死の床に就くとき、「夢が叶わぬと知って諦めた人」と「それでも最後まで夢に挑み続けた人」のどちらでいたいでしょうか?筆者は圧倒的に後者でありたいと思います。そのチャンスを、VRChatは与えてくれるかもしれません。

そして、今ここに立っている以上、あなたも私もきっと天才クリエイターではありません。そうであったなら既に、ひとかどの創作者として世に頭角を現していることでしょう。夢を知るのが遅すぎたのか、それとも一度諦めてしまったのか…事情は色々あると思います。このVRChatでクリエイターを志すのであれば、この事実を前に謙虚でありたいものです。そうでなければ、モノを創れるだけのクソ野郎へ一直線です。

あなたは、なぜVRChatでクリエイターになりたいと思ったのでしょうか?あなたは、ここで何を創りたいのでしょうか?VRChatで映画を撮る前に、そのことをよく考えてみてください。

おまけ:こりゃ悔しい!のコーナー

コラムの最後に、筆者が「こりゃ悔しい!」と感じたまだ見ぬ名作VRChat映像作品をご紹介いたします。

第20回:NINE -PREQUEL OF EMETH-(中田らりるれろ監督/2022)

このコーナーの趣旨は、多くの人が見逃しているかもしれない名作をお届けすることです。その意味で、本作がコーナーに相応しいかは微妙なところだと思います。それでも、本作はこれまでVRChatで誕生した映像作品の中で、筆者を最も悔しがらせたものでした。最後にそれをご紹介したいと思います。

もはや内容やその評価について、今さらお話しすることはありません。本作は、まごうことなきVRChat映画の金字塔です。筆者が悔しいと感じたのは、同じ世界観・同じ題材で撮られた映画に、物語の面で負けたと感じたからです。筆者は自分自身を物語畑の人間であると自負してきましたから、そこで敗北するというのはとてもショックな出来事でした。

さて、話は変わりますが、筆者はVRChat映画シーンに対して行ってきた発信のなかで明確に後悔しているものがひとつあります。それは、スタジオ間の競争を促したことです。正確には、競争自体は悪いことではありません。競争に必要なリスペクトのないまま、のべつまくなしに勝負を挑む風潮を作ってしまったことを後悔しています。オープンな競争は、相手との関係があって初めて成り立ちます。そうでない相手に競争を挑むなら、闘志は胸に秘めておくべきでしょう。知らない相手にいきなり噛み付くのは、ただの迷惑な負け犬です。

また、作品同士に勝敗を付けるのは本来非常に難しい、あるいは不可能なことです。作品を測る軸はいくらでもありますし、何をもって勝敗が決まるのかを自分自身で規定できなければ、その競争は無意味です。そして、その判断基準に相手が同意して初めて、フラットな勝負が成り立ちます。

筆者は物語を自身のテリトリーと規定し、中田監督もそれを理解したから勝負が成り立ったのです。そして、負けたと思ったからには潔く敗北を認めることも重要です。筆者はこれまでもこれからも競争が大好きですが、コラムの最後にこれだけははっきりとお伝えしておきたいと思います。

ABOUT US
だめがね
2020年、VRChatを開始。VR空間での映像撮影に可能性を見出し、クリエイターチーム「カデシュ・プロジェクト」を結成。 同スタジオの代表を務める傍ら、デザイナーとしても活動する。映画監督としての代表作に『プロジェクト:エメス』『掌』、 アートディレクターとしての代表作にVRChatワールド『Tokyo Mood by BEAMS』がある。