VRChatの学術系イベントの先駆け「理系集会」最後のインタビュー 2年半の活動を振り返る

2021年8月に立ち上げたイベント「理系集会」。これまでに52回の開催を行い、さまざまなゲストに迎え講演を開催。国の機関である科学技術振興機構の一部回の後援、東京理科大学などの外部での講演や支援といったソーシャルVR外への展開も多くありました。VRChatの学術系イベントの先駆けともなったイベントです。

そんな理系集会は、3月29日の第53回をもって休止することになりました。

メタカル最前線では、理系集会の休止直前にインタビューを実施。休止に至った経緯をはじめ、これまでの活動の振り返り、理系集会で得たものについて語っていただきました。

理系集会の休止理由について

ーー今回、3月の理系集会をもって活動を休止することを発表しましたがどのような経緯で休止に至りましたか?
Kuroly 大きく分けて2つあります。1つ目は2023年に入った時点でスタッフのリアルの事情等を踏まえると余裕をもって理系集会を開催できるのが2024年の4月までという見込みだったからですね。

もう1つが、今や多くの学術系イベントが開催され、コミュニティが成熟している中で、これから理系集会でどんなことを出来るか議論した結果、スタッフ全員含め次のステージに向けた内容を提供することが現在のエフォート的に難しいだろうと結論を出したことです。

この2つの理由で、2023年の4、5月ぐらいから閉じる方向に向かって協議を重ねていました。その協議の結論に至ったのが、僕が10月頃に電撃で忙しい部署に異動になったことです。これを受けて、理系集会内で休止することを1月に決定しました。そこから休止に向けて段取りを重ねていき、そして1月末の休止発表を正式に行いました。

ーー仕事との両立は大変ですよね……
Kuroly 仕事との両立が出来ずにイベントなどを休止するといった話は、VRChatでは珍しくないと思います。大体の場合は後任を立ててイベントを存続させる形を図ると思いますが、理系集会の場合は気軽にバトンタッチを行っていけるような規模ではなく、後任候補も検討したのの、難しいという結論になりました。

また、延命措置をとって規模を縮小しながら惰性で運営するくらいであれば、一旦休止とした方がよいだろうと思ったのもあります。

ーー理系集会の場合だと外部からゲストを招くこともあり、負担が大きいですよね。他の人に託すにしても、なかなか気軽にできるものではないと思います。
Kuroly そうなんですよね。特にVRChat外の大物を呼ぶときは、半年前から打診をし始めます。ゲストの方もお忙しい方ばかりですので「何故そこ(VRChat)に行くのか?」から説明しなければなりません。そのため、メタバースの空間で行う学術交流の重要性について懇切丁寧に話を続けることになります。そして納得いただけましたら当日に至るまで議論を重ねて「何を伝えるべきか?」という資料の方向性を詰めていきます。最後はVRChatの操作方法の練習を一緒にさせていただいて、本番に至るわけなんですね。なのでこの段取りを次の方に引き継ぐのは難しいと判断しました。

理系集会の活動を振り返って

ーー改めてお聞きしますが、理系集会はどのような経緯で始まったイベントなのでしょうか。 Kuroly 今は閉店してしまったイベントなのですが、「VR方言酒場のまってら」でhinorideさんと知り合ったのが始まりですね。
カウンターに座ってお話する中で、お互いが理系畑ということに気づき、盛り上がったのですよ。その当時には理系の人同士が集まって研究の話をするような場所がなかったので、じゃあ作ろうとなったのが理系集会になります。出会って2週間後ぐらいには1回目を開催して、そこから隔週ペースで開催しました。

ーー前半の1時間に参加者同士の交流、後半の1時間にゲストを招いての講演といった形式にはいつ頃からなったのでしょうか。
Kuroly
 3回目あたりですね。1回目は公開されているワールドからとりあえずやってみて、2回目は僕がUnityを使って今の理系集会ワールドの骨子を作ったんですよ。ワールドに何も無いのはさみしいので、僕が個人的に調べた科学ニュースを自分なりにまとめて掲載していました。ただ3回目以降も用意するのは大変だなと思い、知り合いに熱力学に詳しい人がいたので講演をお願いしたのがはじまりですね。

ーー試行錯誤の末というよりは、なりゆきで決まって、定着した形ということですね。
Kuroly
 狙ったわけではないですけども、今思えばよく出来たフォーマットだなと思いますね。普通のイベントだと、講演をメインコンテンツとして、その後に自由に雑談をしてくださいという形だと思うんですよね。

でも理系集会は別に講演がメインコンテンツではなく、おまけです。理系集会の本質は、VRの世界で異なる立場の人達が話すことで生まれる新しいアイデアや発見に重きを置くディスカッションの場なんですよ。

なので、先に講演を行うと講演がメインのイベントと思われてしまい、講演が終わってしまったら誰もいなくなってしまうことになりかねないわけですね。最初の1時間を交流の時間にすることで、50人ぐらいのイベント参加者が半強制的に会話する状況になるわけです。

交流を主眼に置き、おまけで講演を楽しむスタンスにしたことで、いろんなイベントが生まれたんじゃないかなと思います。その結果、今の学術コミュニティに繋がったと感じています。

ーー理系集会の掲げているコンセプト自体もコロナ禍における学術交流を復活させることでしたよね。
Kuroly
 あのコンセプトについては集会を進めていく中で出てきたものですね。先程話した通り、理系集会自体はhinorideさんと話したときに出てきた思い付きのアイデアベースで始まっています。イベントをやっていくうちに、公共的な学術的価値に気づき、押し出すようになった形です。

ーー立ち上げてから理系集会が行ってきた実績はどのようなものでしょうか。
hinoride 2021年の8月に理系集会を立ち上げて、最初の大きな実績として12月頃に読売新聞の一面に掲載されました。2022年からは読売新聞に掲載されたのを足がかりに著名な先生を呼べるようになり、4月からは科学技術振興機構の後援を各回に貰えました。

そして2022年で大きかったのは、IT業界で著名な方として知られている登大遊さんの特別講演ですかね。

Kuroly 外部での活動ですと、東京理科大学のコラボイベントや、2022年に行われた東北大学の国際フォーラムのバーチャルインスタンス設営と講演の実施がありましたね。東北大学に関しては2023年にもお手伝いをしました。

そして、2022年の12月に国が開催しているサイエンスアゴラの参加。バーチャル学会の方にもご協力いただいて、VRChatの学術界隈のノウハウを総動員する形でやらせてもらいました。ある種、学術界隈の文化祭のような盛り上がりでしたね。

ーーこれ以外にも、イベントの参加があるとなると追いきれないほどですね。改めて聞くとボランティアベースでできることの規模じゃないです。
Kuroly
 今のスタッフのリアルでの忙しさからすると絶対できないですね(笑)

ーー学術界隈を盛り上げるコンセプトが東京理科大学とのイベントやその他の協力や講演に繋がって、好奇心で始まったイベントが大きくなったわけですね。
Kuroly
 東京理科大学もそうですし、東北大学のイベントにも参加させてもらって感謝の限りです。外部との協力で個人的に1番大きかったのは、やはり日本科学未来館を呼んだことになりますね。

日本科学未来館は日本の科学コミュニケーションのメッカみたいなもので、本当にこれ以上に大きい科学館は存在しないですよ。そんな日本科学未来館のベテランの方にお越しいただいて、科学コミュニケーションについて講演していただけたのは、科学コミュニケーションの場を作ることに憧れていた僕にとっては嬉しかったですね。イベントを立ち上げた当初にhinorideさんと「最後に日本科学未来館の人呼べたら最高ですね」と話していたんですよ。

ーー夢が叶ったわけですね。実際に呼べたときはどうでしたか?
hinoride
 日本科学未来館の方を呼びたいと思っていたのはKurolyさんで、僕は呼べたらいいですよねって話しつつも内心は「いや無理やろ」と思っていました。2年後にはまさか呼べるとは思いませんでしたね。

Kuroly 日本科学未来館の方が来た回が終わった後に、「ようやく夢が叶いました。もう僕は胸がいっぱいです。」みたいなことを言いましたからね(笑)

hinoride いろんな人の支えられた結果で、日本科学未来館の方や、登大遊さんをはじめとした人を呼べたのだなと思います。僕らだけでは決して出来なくて、いろんな人のおかげで奇跡的にできました。本当に不可能を可能にするパワーを持った人達に出会えたのは良かったですね。

Kuroly 実績も何もない匿名空間からどこまでやっていけるか、といったことの1つのモデルケースになれたのかなと、やっていて楽しかったですね。パッションさえあればゼロベースから何でもできると感じました。

結局のところ、パッションがあれば何でもできるんですよね。どんなに偉い人や、機関であろうと、熱意を持って正しいロジックでイベントの重要性を説明すれば、大体の人は興味を持ってくれます。相手も学術界隈に限らずどこかしら熱い想いを持っておられる方々であり、バーチャル、リアル関係なく、気持ちさえ通じれば「よくわかった。では、私に何をすればいい?」という気持ちになってくれます。理系集会を通じて、想いが通じるという気づきを得られたのは大きかったですね。

ーーパッションは大事ですね。日本科学未来館の方をゲストに迎えたのが2023年の7月で、10月頃に忙しくなったのを考えると本当に間に合ってよかったです。
Kuroly
 間に合って良かったですよ。これから5、6年僕がVRChatでの出来事を振り返ったときに1番やれてよかったと思える出来事になったと思います。

新しいモノは異なる価値観のぶつかり合いから生まれる

ーー2年半を振り返って、印象的なことはありましたか。
hinoride
 最近になってしまいますが、理系集会が無期限休止になることを発表したときに、多くの方から休止を惜しむ声や感謝の言葉をいただいたのが嬉しかったですね。いろんな人に楽しんでいただいたなと実感しました。

引用ポストを見ると休止を惜しむ声が多く見られる

Kuroly 僕はイベントの側面と組織としての側面、それぞれにありますね。
イベントとしては、先程話したサイエンスアゴラと、もう1つはhinorideさんと近い内容になりますが理系集会があったことで立ち上がった学術系イベントが本当に多いことです。休止のポストをXでしたときも引用で想いを語ってくれた方が本当に多くいました。ボランティアベースでやっていたイベントが、いつの間にかバーチャルの学術界隈における大きな下支えになっていたと思うと、胸が熱くなりました。

学術系イベントの中には理系集会をきっかけで作られたものも

Kuroly 組織の側面だと、いい思い出がありまして……
理系集会には、月1ペースで総会と呼ばれる理系集会の在り方等を議論する場があります。その総会で抜本的改革を思いつき、資料を作って僕から議題を投げたのですが、当時、スタッフにボコボコにレビューされたのが印象的だったんですよ。

理系集会は主催がKuroly、副主催にhinorideさんという建付けですが、スタッフ間は非常にフラットな関係なんですね。その結果、リアルの仕事ではトップ層で働いているような人から正論で叩き込まれて、自分の案に対してここまでレビューしてくれるのは恵まれた組織だなって叩かれながらも嬉しくはありました。ここで積んだ経験量を考えればリアルの10倍ぐらいの速度で成長できたと思います。

ーー理系集会の運営スタッフには理系の仕事に携わる人が多いと思いますが、普段の仕事では絶対関われないような業種と触れ合う機会が本当にあったのでしょうね……
Kuroly
 ほぼ全員理系畑の仕事ですからね。スタッフのリアルでの職業はここでは言えませんが、もし現実で人件費を払ったらとんでもない金額になっただろうなと思うことが多々あります。

バーチャルの空間で、リアルの職場では接点のない人たちと何かを作り上げる経験は、いろんな人が経験していいじゃないかなと感じます。

ーーリアルとは違った経験を得やすい環境ですよね。理系集会は特に鍛え上げられる環境だったように思えます。
Kuroly
 理系集会の運営スタッフは13人いて、みんなボランティアなんですよね。無償で負荷の高いイベントを手伝ってもらっているのでスタッフを辞めたいと言われてもおかしくない中で、全員がそれぞれ責任をもって1つのプロジェクトに向けて仕事を分担して進んでいったんですよね。その結果、お互いにマネジメントや仕事の調整力がものすごく成長して、なおかつ会議も重ねていったので、ファシリテーション能力や根回し能力も身についたので、全部リアルの仕事に繋がっていきましたね。

先ほどの話に戻りますが、バーチャルの空間では普段仕事ではやらないようなことでも、ものすごい勢いで失敗、反省、改善、成功のサイクルを進めることが出来るので、すごくいい環境だなと思いました。

ーー最後にですが、これから学術系イベントを立ち上げる人、今も運営している人に向けて伝えておきたいことがあればお聞かせください。
hinoride
 僕の経験なのですが、何かこれ好きで集会や同好の士を集めたい場合は、誰かに命令する形よりも自分が楽しそうに活動をやるのをアピールするのが大切だなと思います。

実際にあった話に、トライボロジーワールドという摩擦について学べるワールドを作ったときの出来事があります。

もともと摩擦の知識は僕にはあったけども、ワールドを具現化する力はなかったですよね。だけども、ワールドを作る人や、プログラムのUdonを書いてくれる人、音楽を作る人と理系集会を通じて知り合ったおかげで完成しました。本当に理系集会のおかげで完成したと言っても過言ではありません。

ーーVRChatで何かを起こそうとすると、熱量の世界になりますよね。
Kuroly
 現状のメタバースではお金が回りづらい分、殆どのユーザー主体のイベントは純粋な熱量だけが前に進む動力源なんですよ。古いかもしれませんが、マネーの虎に近いものがありますね。

マネーの虎は起業家が製品やプロジェクトを資本家たちに説明をして、お金を投資してもらう形ですよね。VRChatの場合だと、お金の代わりに面白いプロジェクトには人間関係が投資される形になると思っています。例えば、「こういうことをしたいけれども、できたら絶対この世界が面白くなるよね」と提案をすれば、エンジニアや何らかの分野で強みを持つ方が「面白そうじゃん!」とイベントに参画して手伝ってくれるような流れがあるわけですね。

ーーKurolyさんから最後に伝えておきたいことはありますか。
Kuroly
 今ある多くの学術イベントでは、それぞれが独自路線で突き進んでいて発展を遂げているので僕から言えることは全然ないと思います。ただ、もし余力があれば、これからイベントを立ち上げる方々は同じ界隈の人だけで固めずに1人でもいいから、全く異なる価値観や立場、職業にいる人をスタッフに入れてみてください。

理系集会の目標にも異分野融合の促進を掲げていますが、新しいモノや発想が生まれるのは、違うもの同士がぶつかる時だけなんですよ。同じような属性の人間同士が集まっても面白いものって生まれないんです。この2年半で身をもって経験しましたし、理系集会の運営を考える上で読んだ様々な異分野融合をテーマにした本でもそれを感じました。

新しいモノは異なる価値観のぶつかり合いから生まれると感じたので、学術界隈に限らずこれからイベントを立ち上げる方は、ぜひ面白い人をどんどん入れていってください。

ーーありがとうございました。そして、これまで理系集会の運営、本当にお疲れ様でした。