「10年愛されるワールドを作ろう」を目標に。BEAMSとカデシュ・プロジェクトはどのように「TOKYO MOOD by BEAMS」を作るに至ったか

5月4日、VR映画スタジオのカデシュ・プロジェクトの3周年記念スペシャルファンイベントに参加しました。カデシュ・プロジェクトは隔週土曜日に開催されるロールプレイイベントをはじめ、VRChatで撮影された映像作品、ゲームワールドを手掛けている団体です。

VRChatの最前線を走っているクリエイターチームであり、メタカル最前線でもこれまでに何度か取材しています。情報解禁をエンタメにすることもあり、今回も注目していました。

カデシュ・プロジェクト制作の映像作品の最新情報などが公開されるなかで発表されたのが、VRChatのワールド「TOKYO MOOD by BEAMS」でした。一見すると東京の繁華街をリアルに再現したワールドですが、実はセレクトショップBEAMSのVRChat内での新たな拠点として作られたワールドです。

ワールド内にはBEAMSの店舗にアバター向け衣装が展示されており、ワールドの制作はカデシュ・プロジェクトが担当しています。(※一部プロップおよび店舗はSELECT SHOP -Cornet-が担当。)

カデシュ・プロジェクトのキャラクターがBEAMSの服を着ている

BEAMSに関しても、メタカル最前線が始動した2年前から「バーチャルマーケット」(以下、Vket)に出展する度に取材をしてきました。目を見張るポイントはコミュニティを理解しアップデートしていく点。企業のVRChat参入は一時的なものであることが珍しくない中で、ロングスパンで向き合っていることで注目していました。

メタカル最前線でも複数回に渡って取材してきた2つの存在が、ついにワールド制作を通じて共同戦線を張る。これほど、ワクワクすることはありません。

今回メタカル最前線では、BEAMSの担当者・木下香奈さんとカデシュ・プロジェクト代表のだめがねさんにインタビュー。ワールドの制作経緯や裏話をはじめ、BEAMSとカデシュ・プロジェクトそれぞれのVRChatに対するスタンスが垣間見える内容ですので、ぜひご覧ください。

撮影もできて居心地のいいワールドがあれば……から始まった企画

──まず、「TOKYO MOOD by BEAMS」の企画が立ち上がった経緯についてお聞かせください。

木下 企画の大本は、長年Vketに出展し続ける中で、やってみたいことがさらにたくさん出てきたことにあります。2020年から7度出展を続けて、実際に店舗で働いているスタッフが行うバーチャル接客も含め、多くの社員を巻き込んでみんなで楽しみながら、本当にいろいろやってきました。

そして、BEAMSがワールドを作るとしたらやってみたいことについてもアイデアはたくさん出ていました。その中で1番だったのが「アバターが格好良く写真が撮れて、かつ居心地のいいワールドを作りたい」でした。

店舗だけを作る発想は最初からなくて、ユーザーとの接し方をどうしたいのかで決めていき、街を作ってその中に店舗がある形に決定しました。

──そこから、どのような流れでカデシュ・プロジェクトへ声がかかったのでしょうか?

だめがね BEAMSのアバター向け衣装を制作しているCornetさん経由でお誘いいただきました。BEAMSの活動や姿勢については、もともとCornetさん経由で伺っていて、良い取り組みをされているとは思っていました。ただ、あくまで映像スタジオである私たちがワールド作りに協力するというのは考えたことがなかったので、お誘い頂いた時はとても驚きました。“なんという飛び道具を”と(笑)。

ワールド内に展示されている服

木下 海上都市「エメス」をはじめ、カデシュ・プロジェクトがこれまで制作したワールドは見てきましたが、バーチャル世界に夢見るあらゆる要素がつまっていてすごくドキドキしましたし、バーチャル世界に期待してこれから初めてVRChatに来る人にも、同じような感動体験を与えたいと思いました。

木下 ロールプレイをするためのワールドの作りと、素敵な洋服を着て行きたいと思わせるワールドの作りは、きっと似ているだろうな、と思ったのもあります。なので「こういうワールドをもう1個作ってくれませんか」って気持ちでした。ロールプレイや映画のセットとワールドでは作り方が違うことなどまったく考えずにお願いしちゃいましたね。

そして、私たちの想いを受け取っただめがねさんが、企画書の1ページ目に書いたのが、「10年愛されるワールドを作ろう」でした。これまでの企画書を見返しても何度も冒頭に書かれていて、だめがねさんが「忘れるなよ」って気持ちで書いてくれたのかなと思います。

だめがね 僕たちも、VRChatは良いものが評価される場所であってほしいと思っていたので、BEAMSの優れた取り組みを応援するためにも是非お受けしたいと思いました。そのうえで、どうすればBEAMSの洋服を着てもらえるのかすごく考えましたね。

結果、BEAMSのようなリアルクローズを着てもらうためには、それが映えるワールドが必要であるという結論を出しました。

リアルクローズとは、アバター用3D衣装のジャンルとして、現実の日常生活で着用するような服装を指す。

──見栄えの良いビジュアルを追求するのは、VRChatで映像作品を作っているカデシュ・プロジェクトが得意とする分野だと思います。

だめがね 勝手は違うんですけどね。撮影だと映像に映る部分のみ作ればいいですが、ワールドだと全部作らないといけません。でも、カデシュにとっても新しいことに取り組む背伸びが必要な時期だと思っていたので、良い機会ではありました。

10年愛されるワールドを作るための企画作り

──これまで東京都心部の町並みをモチーフにしたフルスクラッチワールドはあまりない印象でしたが、企画を考えるうえで意図していましたか?

だめがね すべて想定通りでした……と言いたいのですが、スタートは全然違いましたね。僕らカデシュ・プロジェクトのメンバーは汚れた街を作るのが好きで、依頼にかこつけて好きなものを作りたいという邪な考えがなかったとは言えません(笑)。

とはいえ今回はきちんとBEAMSのバーチャル事業に貢献する作品にならないといけないので、自分たちのフェティシズムをいかにして世に受け入れてもらうか考えました。普通はワールドにゴミを置いても訪ねる人は嬉しくないので、どうやったら喜んでもらえるのかを考えたわけです。

ワールド内にあるゴミ

──今回のワールドはBEAMSの店舗が主役に据えられていないので、注目されるポイントがバラバラになり、すべてを作り込まないといけないので大変だなぁと思いましたね。

だめがね 「イベントで使うホテルを作る感じで店舗を作れば同じ要領でいけるか」と思ったら、街を作ることになりましたからね。

木下 カデシュ・ニューヨークのホテルとエメスの町並み、両方見せていただいてたので、私たちには不安はなかったです。

──街を作れる人はそんなにいませんよ……

だめがね たまたま街を作ったことのある人がスタジオ内にたくさんいたので、完成できました。

──なんでそんなにいるんですかね……?

だめがね たまたまです(笑)。

──今回のワールドはカデシュ・プロジェクトの3周年記念イベントで知りましたが、最初に聞いたときからもワールドのコンセプトがきっちりしている印象を受けました。間違いなくVRChatのコミュニティの性質も理解しているし、BEAMSとカデシュそれぞれの強みを活かしているようにも思えました。「10年愛されるワールドを作ろう」と先ほど話していましたが、ちゃんと人が根付くための動機まで練られていますよね。

木下 企画がコンセプトから脱線しそうになると、だめがねさんがしっかり修正してくださったのも大きいと思います。アイデア出しの段階ではBEAMS側から、プライベートサロンやスケボーパークなど、コンセプトから逸れるようなアイデアも出ていましたが、その度にだめがねさんが上手く軌道修正してくれました。

だめがね VRChatをはじめとして、メタバースのコンテンツには『ハレ』と『ケ』があると思っています。自分の課題意識として、いわゆる企業案件のワールドは圧倒的に『ハレ』を意識して作られているため、『ケ』―つまり普段使いのユーザーが定着しないことがあります。これは企画が悪い、出来が悪いといったことではなく、VRChatのコアユーザーは1日に何時間も遊ぶため、体感時間の経過が速く流行り廃りが激しいことも影響しています。

そのため、VRChatではどんなに頑張っても話題が2週間ぐらいしか持たないと思っています。初動だけに終わらない「10年愛されるワールドを作ろう」の目標を達成するためには、「日常」に組み込まれる必要がありました。

でも企業側からすると、コンテンツてんこ盛りで『ハレ』のエンターテインメントでありたいのは当然です。いかにして「日常にならないと生き残っていけないよ」と伝えるか、プロジェクト初期は考え続けていました。

木下 本当についつい、あれもこれもやりたいって考えちゃいましたね。

だめがね 我々も少なくない報酬をいただいていますので、これだけの大規模なプロジェクトだと全部盛り込みたい気持ちは自然なことだと思います。全部盛り込んだ内容も間違ってはいないと思うのですが、ユーザーはやっぱり疲れちゃうんですよね。

木下 だめがねさんは、クライアントワークで言いづらいであろうことでも、意見をしっかり説明してくれるんですよね。アドバイザー的な観点で、BEAMS側のアイデアを却下するときも、その理由を含めて的確に回答してくれました。

今回のプロジェクトが上手くいったのは、カデシュ・プロジェクトがこれまでに作ってきたワールドや作品を見て信頼していたので、要点以外はお任せしたのも大きかったと思います。

アーティスト気質のカデシュ・プロジェクトの皆さんが、企業案件に対してこれほどまでの完成度でワールドを作り上げてくださったことには感謝しかありません。十分に時間をかけて着実に進められていきましたが、ワールドの試作モデルから、テクスチャやライティングが置かれたあとの飛躍がすごかったですね。

だめがね 試作モデルの期間は長かったですね。というのも、普段の企画だと締め切りが近くても最後に巻けばいいのですが、クライアントワークでそれはできません。それに定期的に進捗をお見せしないといけませんから。

メンバーもプロフェッショナルではないので作業に出し戻しが発生してしまうと自信がなくなってしまうので、完成形を決めておきたかった気持ちもあったと思います。自分としてはアーティスティックな現場を説得しながら、まるで中間管理職のような気持ちでやっていました(笑)。

ですが、最初にテクスチャとライティングが入ったときにBEAMSの皆さんが良いリアクションをくださったので、「あぁ、これは上手くいくだろうな」と思いました。初見の感動が作れているなら、ユーザーに見てもらった時も同じように上手くいくだろうと考えていたので。

ワールド内にある下町風景

ワールドのインスピレーションは有楽町と新橋の間

──だめがねさんのTwitter(現X)で実際に街を取材したと投稿されていましたが、今回はどのあたりを取材しましたか。

だめがね メインは有楽町と新橋の間ですね。メンバーを連れて高架下で飲んでいました。合わせて、BEAMSの拠点でもある渋谷・原宿もロケハンし、繁華街部分に活かしています。

木下 BEAMSの創業店舗がある原宿も、裏に回ると「とんちゃん通り」と呼ばれる古い定食屋やスナック、新しくできた古着屋などが入り交じる、このワールドのような場所があるんですよね。だめがねさんには、街に溶け込むBEAMSの路面店のイメージを共有していました。

──自分が最初にこのワールドを見たときは、川と高架下の存在から、山手線の秋葉原駅近辺をイメージしていましたね。

だめがね おっしゃる通り、秋葉原駅周辺もイメージには入っていますね。スタッフもオタクの集まりなので、みんな秋葉原に行ったことがあるから言わずとも入ってしまいます。ちなみに川は目黒川をイメージしています。結果的に東京の好きなところを全部合体させた感じですね。

――メインのロケハン先を有楽町に定めたのはなぜでしょうか?

だめがね 依頼を受けたときに、BEAMSの良い商品を広めるためにどうすればいいのか、戦略を練っていました。先程のお話にもつながりますが、BEAMS以外にも複数のファッションブランドがVRChatに参入している中で、BEAMSのどの部分を切り取れば一番魅力的に見えるのか、ということを考えていました。

そこで目をつけたのが90年〜2005年あたりのレトロでした。クリアボディのゲームボーイやiMacあたりのイメージですね。VRChatにいるユーザーはこの時代のサブカルチャーに興味がある人が一定数いるだろうと思っていたので、親和性も期待できました。

──年齢層的にも刺さりそうですしね。

だめがね ところが、BEAMS側と相談したら「レトロ一辺倒だと、今後の洋服のコレクションと合うか分からない」という意見をいただきました。そのときはキレイめのチルワールドも候補に挙がっていましたが、それでは正直既存のワールドに勝てる目算がつかなかったんですよね。メンバーからも、「チルワールドならば僕らじゃなくても作れるだろうから、なんとかレトロ路線で説得してほしい」と言われました。

──たしかにチルワールドは競合が多いので難しいですね……

だめがね どうにか考えたのは、レトロとキレイめの両立でした。そこで目をつけたのが有楽町です。有楽町は、レトロな町並みが広がっている新橋とオシャレなオフィス街である日比谷・大手町が、繋がっている場所なんですよね。

木下 アパレル業界でも、ファッションスナップを撮るときに「街の色んなもの」が詰まっている場所を選ぶことがあります。例えば、ニューヨークだと街角の横断歩道、黄色いタクシー、緑のゴミ箱、黒いゴミ袋が積まれている様子が写り込んで、街のキレイなところから汚いところまで全部含めた背景があってこそ、そこに立つ人と洋服がリアルに格好良く見えるんです。

外国人のフォトグラファーが東京でストリートスナップを撮るときも、必ずしもスクランブル交差点のような有名スポットではなく、何気ない街の一角で、紛れもなく東京らしい雑多な光景を求めていたりします。なので、だめがねさんからの提案はBEAMSから見ても合点がいきましたね。写真としても映えるし、居場所としても落ち着くからいいなと思いました。

だめがね 有楽町からイメージを更にふくらませて、高架を作ろうと思いついたところで一度メンバーに相談しました。今回の企画の第一はもちろんBEAMSの要望を叶えることでしたが、同時にディレクターとしてはメンバーひとりひとりをアーティストとして尊重しています。彼らの共感なくして制作は難しいと思っていましたが反応は良好でした。その後にBEAMS側にも持ちかけたところ、すごく共感してくれました。

──高架にこだわったのは、何故ですか。

だめがね 電車が来る音を聞きながら飲めるワールドがないことと、海外人気を見越してのことでした。

高架下の店舗が並んでいる写真

木下 そう提案していただいたときに、すごく納得しました。

だめがね 日本は街の中に鉄道網が発達している有数の国であり、海外から見た時の代表的な日本らしさでもあると思うんですよね。日本の電車の人気は、それこそ映画から感じています。僕の好きな映画にも電車で戦うシチュエーションが多くありました。本当になんの脈絡もなく電車が出てくることが多いんです。海外の人は新幹線に対して強い憧れがあるらしく、電車を使えば海外も狙える根拠のない自信もありました。

電車が通る場面

──新幹線での戦闘シチュエーションは、本当にイメージありますね……

木下 海外ユーザーに注目されそうな言葉を予想して、ワールド名に「TOKYO」を盛り込んで検索に引っかかることを期待したところもあります。