「10年愛されるワールドを作ろう」を目標に。BEAMSとカデシュ・プロジェクトはどのように「TOKYO MOOD by BEAMS」を作るに至ったか

なぜカデシュ・プロジェクトはBEAMSのワールド制作を引き受けたのか

──私個人としてもカデシュ・プロジェクトに所属している人が個々に企業案件をこなすのは分かるのですが、カデシュ・プロジェクトそのもので引き受けるのは実現しないだろうなと思っていました。ワールドのコンセプト的にもカデシュの映像作品で見るような画が撮れたら理想とは思っていたのですが、正直どうやってカデシュの人たちを口説いたのか気になって仕方ないです。

木下 なんで受けてくださったのですか……?

だめがね 自分たちのスタジオの今後を考えたときに、ずっと同じことをやっていると自分たちが飽きてしまうだろうと思ったのがありました。また、今持っている能力だけでは出来ないようなチャレンジをしないといけないタイミングが来るなと感じていました。そんな課題意識を持っていたときに、ちょうど今回のお話をいただいたんですよね。ここで僕にもメンバーにも試練が必要だと思って、課題意識から生じた動機です。

もうひとつは、メンバーとはかねてから話していましたが、人気のある漫画や映画作品はアパレルコラボをやっていて、キャラクターをスタイリングして、商品化しているんですよね。自分たちもそれに憧れていました。無理を承知でお願いしてみたのですが、ワールドを作る中で共同企画の一環としてやりましょうと快諾していただけたのも、全力でやろうと思った理由ですね。

──周年イベントでBEAMSの洋服を着たキャラクターたちの登場はざわめきましたね。感慨深いだろうと思っていましたが、まさか動機に繋がるとは。

だめがね 出来上がったときは泣きましたね。

木下 発表したときの反響が大きくて、カデシュのファンの皆さまにも喜んでもらえて嬉しかったですね。いつの時代もファッションと映画は親和性が高いので、カデシュのキャラクターたちにBEAMSの服を着せたいとご提案いただいて、喜んでお受けしました。

むしろワールド内に映画館を作ってカデシュ作品の試写会をしませんかとアイデアを出しましたが、やはり容量削減のため断念せざるを得ませんでした。その名残がミュージックバーに残っていて、動画プレイヤーが置いてあります。

動画プレイヤーの写真

だめがね このお仕事を引き受けたことでメンバーからのプレッシャーはすごかったです。カデシュ・プロジェクトは、これまで企画を外したことがなかったので、「絶対に外さない」ディレクションができるなら受けてもいいと言われました。

基本的には僕に最終決定権がありますが、メンバーとのパワーバランスがちゃんと成立しているのが大切です。だから、僕は必死だったんです。失敗できないから企画書や意図を伝えないといけないと考えていました。

木下 ワールド制作の域を超えた企画書でしたね。

だめがね 今回に関してはクライアントワークなので、大前提として「言われた通り」に作るのは心構えとしてありました。僕らも技術的に不可能なもの以外はあくまでも案として留めて、自分の中で「できない」を禁句にしようと思って取り掛かっていました。とはいえ、正解が分からない中でディレクションを行ってきたので、予想を遥かに超える大反響にびっくりしています。

木下 私達がVRChatやソーシャルVRで見てきたもので「すごい」と感じたもののほとんどが、個人のクリエイターが情熱だけで作ったものだったんです。だからこそ、これまでVR関連で制作の依頼をする場合は、可能な限り、そういった情熱を感じさせられる個人のクリエイターに直接お願いしています。

今回のワールド制作に関しても然りで、制作会社へ依頼するのではなく、ぶっちぎりですごい街を作っていたカデシュ・プロジェクトにお願いしたいと思いました。

企業だからこそできるVRChatのカルチャーへの貢献

──企業が何かプロモーションをやるうえで、そのサービスを提供する企業に任せたくなる気持ちは、信頼できますし分かります。それでも、BEAMSの信じる「VRにある面白さ」を追求して、個人のクリエイターにお願いしたのは、信念を貫いていると感じました。

木下 最初に聞いたときも驚いたのですが、カデシュは純粋に趣味として自腹でこのクオリティの作品を作っているんですよね。BEAMSが(リアルの)コミュニティに紹介したいソーシャルVRの面白さは、まさにこういうもの。カデシュの情熱をもってなら、VRをまだ知らない人にもその魅力はきっと届くんじゃないかと思いました。

今回の話もカデシュ側がファッションに興味ないスタンスだったら上手くいっていなかったかもしれませんし、本当にお互いにやりたいことがマッチした結果でラッキーだったと思います。今、遂にワールドを公開して、想像だにしなかったような大反響を見て、VRChatやソーシャルVRの歴史の中に爪痕を残せたかもしれないと思うと嬉しいですね。

だめがね 10年愛される街を作るわけですが、そのために生きている街として手を加える必要があります。そうなってくると、趣味の熱量でないとある種できないですよね。仕事としてやっていくと部署異動や引き継ぎもあるわけですが、いずれネイティブの熱量を持っていない人に企画が渡ってしまいます。もちろん受け取った人も真面目にやると思いますが、初期のパッションは失われていくわけですね。

一方で、趣味でやっていれば10年、20年同じことをやっている人もいるわけで、実現できるかもしれません。企業案件のワールドが寂れていくのは悲しいですから、インディーズの良さを結びつけたわけですね。簡単に言っていますが、BEAMSあっての奇跡のバランスだと思います。

──年単位でBEAMSや木下さんを追ってきていますが、本当にクリエイターやコミュニティが好きだし、可能性を感じているんだろうなぁって思います。

だめがね これまで、カデシュ・プロジェクトの制作は生活を圧迫しない範囲でやってはいたものの、資金は減っていく一方でした。正当な報酬と責任のもとでいただいた今回のお仕事で、これまでの制作費をペイすることができました。

今回のようなことは、VRChatのユーザーコミュニティを救ってくれるし、支えてくれてると思いますね。どうしても企業なのでビジネスで考えてしまいますが、企業だからこそ動かせる資本力、プロモーションのネットワークをVRChatのカルチャーにいい形に活用できるとは思いませんでした。むしろ自分たちが企業案件に対して懐疑的で気難しいからこそ、痛感しましたね。本当にいい勉強の機会を得られました。

──今回のBEAMSの案件に関しては、BEAMSがなんとかしてカデシュ側を口説いた特別な1回だと思っていました。でも、だめがねさんがワールド公開時に、依頼を受け付けているという投稿をしていたので引っかかっていたんですよね。それだけ今回の仕事は良かったんだと、合点がいきましたね。

だめがね 今回のBEAMSぐらい熱量がある企業で、なおかつ競合にあたるアパレルブランドではないという、厳しい条件になってしまいますが、シナジーが起こるなと思えるなら前向きに検討したいと思えましたね。

──今回はBEAMSの拠点となるワールドを完成させるのが主目的でもあるのですが、カデシュにとっても紹介しやすい形での成果物ができたのかなと思いました。

だめがね それこそカデシュが作ってきたワールドは、ゲームワールドをはじめとした非日常的なハレなものが多かったですよね。今回のワールド制作を通じてケの作品が出来上がったので、とりあえずここに来てもらえればカデシュの制作クオリティが分かるようなものになりました。素晴らしいチャンスを頂いたと思います。

「TOKYO MOOD by BEAMS」は、心から好きでいられる仕事

──VRChatに企業が関わるコンテンツやイベントが出てくることは珍しいことではなくなりましたが、上手くいっているのかとはっきり断言できないですよね。その中でBEAMSが拠点となるワールドを完成させるのは、覚悟がいるなと思いました。

木下 さまざまなメディアから「何故BEAMSはメタバースに参入しているのですか?」「売上は?」と聞かれます。特にビジネス系のメディアだと、売上に注目するのは当然ではあります。ただ、BEAMSは今ここに芽吹いている新しいカルチャーに注目しているのであって、ここにBEAMSが何をもたらすことができるのか、役割を模索しながら活動しています。価値観と情熱を共有するコミュニティの一員として、自分たちの役割を見出すのが先。そこで求められることを提供して初めて、オーガニックなビジネスが成立するのだと思っています。

だめがね メタバース方面の企業案件は2024年が正念場だと思っています。そろそろ進退を決めないといけない企業が多いはずです。メタバース担当者が、何が面白いのか分からずにやっているならば見限っても当然ではありますよね。

でもやっぱり「お前らの遊び場が面白いと聞いてやってきたけども、全然じゃん」と言われて帰っていく人を見ていくのは寂しいですよね。その中で、BEAMSや木下さんはメタバースやVRChatを盛り上げようとしているし、普段から遊んでいるのは聞いていたので知っていました。そうなってくると、楽しもうと思っている人の信頼に応えたいですよね。

──木下さんもプライベートでもイベントのスタッフをやっていますからね。

だめがね なので今回のワールドが風穴を開けてくれると嬉しいですね。最初はワールドを完成させればミッションクリアと思っていましたが、結果を見るともっとやらないとってなってきました。何しろ僕らがこのワールドが好きなんですよね。

木下 私達もこのワールドが好きですよ。

だめがね 好きでいさせてくれる仕事ができるのは、本当に幸せですよ。

木下 長い間社会人をやってますが、心から好きでいさせてくれる仕事なんて数えるぐらいしかないですよ。元をたどればBEAMSで広報の仕事をしていたら、社長の鶴の一声で参加することになったVketの広報を担当することになったってだけで、こんなに夢中になるとは思いもしませんでした。

──BEAMSの社長とHIKKYの社長が仲が良かった縁で出展が始まりましたからね。

木下 バーチャルショップって、そもそもどうやってPRするの?からのスタートでした。バーチャル接客をする中で、楽しそうにしているユーザーをたくさん見て、何が楽しいのか知りたいと思ってプライベート用にもVR機器を買ったらハマりましたね。さらに仕事でもVRができるなんて幸せだと、いつの間にか感じるようになってました。ここ数年でも、今回のワールド制作は1番の幸せでした。

──最後にですが、今後の展望について2人から聞かせてください。

だめがね 今回のワールド制作はカデシュ・プロジェクトにとっては最大規模のプロジェクトになりました。やっぱりVRChatと映像は切り離しても成立するがゆえに、スケールアップしていくとVRChatをないがしろにする形になり、故郷に後ろ足で砂をかけることになりかねないですよね。

VRChatで始めたのに大きくなったら知らんぷりかと思われかねないなと考えていたところで、コミュニティに貢献できる機会をいただけて嬉しく思っています。趣味だからこそ10年も熱意を込めて手を入れ続けていけると思っています。これからも生きている街を作っていくために頑張っていきますので、よろしくお願いします。

木下 皆さんからこれほどまでに多くの喜びの声が届くとは思いませんでした。今は、私達の目の前で生をうけたこの街を、みんなに愛される場所としてどう育てていこうか、考えています。もちろんワールドの更新は公開後も続けていきます。こけら落としで音楽イベントをやりましたが、7月頃まではすでにいろんなイベントの企画が進んでいます。

木下 目標は10年愛される街ですから、そのためには、BEAMSは好きだけどVRはまだ知らない人たちにも、この文化の魅力を伝えていきたいと思っています。拠点となる最高のワールドが出来た今、ここからならきっと広く、遠くまで発信できるんじゃないかと思います。この街を、引き続きよろしくお願いします。

──今回はありがとうございました。カデシュとBEAMS、本当に両方とも追ってきてよかったと思いました。引き続き街作り頑張ってください!