9.映像作品作りの前に――――脚本の執筆
今回は、脚本の執筆についてのお話です。「脚本」とは物作りをしているとよく耳にする語だと思いますが、そもそも一体何なのでしょうか?映像作品の脚本とは、主に「柱(場面設定)」・「ト書き(状況説明)」と・「台詞」の三要素を使って映像のストーリー全てを文字に起こしたテキストです。プロットに書いた内容を大きく膨らませたものと言い換えても良いと思います。プロットについては、本コラムの第3回をご覧ください。
もっと端的に表現するなら、脚本は映像作品の設計図と言えます。この「設計図」というのがミソで、読み手を楽しませるための小説ではないということに注意が必要です。過分に装飾的な文章や、読み手を感動させるための修辞は必要ありません。加えて、VRChat映画における脚本は、通常の映像制作にプラスアルファの意義を持っています。今回は、それについてもご紹介したいと思います。
(1)なぜ脚本が必要なのか?
先ほどの概要や言葉の響きから、なんとなく脚本が重要なものであることは掴めると思います。では、そもそも何のために脚本を書くのでしょうか?それは、作品に関わるスタッフに作品の全貌を把握してもらうためです。そのため、脚本には単なるキャラクター紹介やストーリーの概要だけでなく、人物の細かな動き、時には演出や音響効果への言及が含まれます。つまり、プロットで書かれた淡泊な状況説明に台詞を付け、そのシーンを支配する感情(喜怒哀楽)を定め、シーンの雰囲気を他のスタッフや演者に想起させるために脚本を書きます。脚本は、スタッフへの指示書を兼ねているのです。
ちなみに、これは国によってかなり慣例の差があることをお断りしておきます。脚本をこれほど詳細に執筆するのは、主にハリウッドでの慣習です。逆に、日本における演出は俳優や演出家に任されています。そのため、日本式の脚本は非常に淡泊です。やや情報量を増したプロットというほうが実態に近いかもしれません。
(2)VRChat映画における脚本の意義
とりわけVRChat映画における脚本は、単なる作品制作の指針以上の意味を持っていると筆者は考えています。つまり、スタッフ間のトラブルを防ぎ、困難な映像制作を円滑にする潤滑剤や“絆”のような意味が、VRChat映画の脚本には存在します。例えば、グループで創作していて、他人の作ったキャラクター――いわゆる「うちの子」を動かすような場合には、人物描写の詳細を事前に確認する必要があります。何しろ他人のキャラクターですから、人物描写に誤解がないかは丁寧に了解を取らなければなりません。そういった時には、脚本の執筆が必須になります。
また、普段の友人グループで映像を撮るのではなく、プロジェクトのために1からスタッフを集めた場合などもそうです。集められたスタッフとは関係値がゼロなのですから、丁寧なコミュニケーションで信頼関係を積み重ねていくしかありません。従って、これから全員で作っていく作品を詳細に説明する必要があります。脚本は、VRChat映像作品の企画者が参加メンバーに対して提供できる、唯一にして最大の誠意なのです。
プロの現場では力量差こそあれど全員が制作能力を持っているため問題になりづらいですが、趣味の集まりにおいては得てして制作の実務能力を持つ人間が大きな権限を持ちがちです。また、プロの現場のように明確に職位が決まっていないので、制作能力の高いスタッフに対して「なぜ了解なく突っ走るんだ」という不満が溜まりがちです。仮に作る側が善意だったとしてもです。実を言うと、VRChatにおける映像制作が失敗する理由の大半は、技術の不足ではなくこういった人間関係のトラブルです。
こういった事態を防ぎ、スタッフの目指すゴールを統一するうえで、大型プロジェクトにおいては脚本が必要なのです。色々な考え方があると思いますが、筆者はこういった理由からVRChatにおける脚本はハリウッド式での執筆を推奨しています。より詳細な演出への言及があった方が、認識の違いによるトラブルを防げるからです。
逆に、自分ひとりないし少数の充分に意思疎通が取れたスタッフのみで制作する場合、脚本は必須でないと言えるでしょう。これらの場合(特に作品が短編である場合)は、プロットが脚本を兼ねることができるからです。実際に、筆者のスタジオで制作したサイレント短編映画『Monotone-僕と君が出会うまで-』(しんおじ監督/2024)は、プロットを直接コンテに起こしています。このあたりは、ご自分の制作環境をよく考えた上で選択して頂きたいところです。
(3)趣味だからこそ誠意を大切に
趣味の創作は基本的に賃金が出ない以上、スタッフに制作の工程を楽しませることでしか報いられません。そのためには、制作上の意思決定の透明性を高め、「一緒に作っている」という感覚をスタッフに持ってもらう必要があります。一方で、作品についての最終決定権は常に監督にあるのが当然です。その一見相反する2つのミッションをこなさなければならないがゆえに、大人数の創作プロジェクトは難しく、そして「エタり」やすいのです。もしこれを読んでいる中にディレクターや監督に類する立場の方がいらっしゃるなら、ゆめゆめそのことを忘れずにいてほしいと思います。
仕事であれば契約がありますし、トラブルは最悪の場合でも金銭で解決することができます。しかしながら、VRChat映画はほとんどが非営利かつ無償で制作される作品です。そのうえ多くの場合スタジオがプライベートのコミュニティを兼ねているのですから、そこでのトラブルはメンバーや自身の居場所まで奪いかねない壊滅的な被害を及ぼします。こういった自体は、VRChat映画を制作するうえでは絶対に避けたいことです。
(4)実際に脚本を執筆するには
実際の脚本の書き方については、プロフェッショナルによる良い教本が山ほどありますのでここでは詳しく触れません。最低限のフォーマットのみ、以下に書き記します。筆者が参考にしている教本も添えますので、是非そちらをご覧ください。
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映画脚本の例)
1.VRChat内、VRChat Home Wolrd/夜 2024年
その日の夜、いつものようにVRChatにログインした男は戸惑っていた。男の名は、だめがね。彼はいつも膨らんだ風船のような犬のアバターを使用していたが、あろうことか今日はその犬のアバターが勝手に意思を持って喋り、動き回っているのだ。
VRChat Home Wolrd、ミラーの前
だめがね:頼むから、大人しくしてくれないか。これからイベントに行かなくちゃならないのだが。
アバター:いやだね。オレ様は、このプリチーな姿をいつまでも見ていたいのだ。ここから動かないよ。
困っただめがねは、アバターを切り替えることでこの窮地を脱しようと、メニューを開こうとしました。
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…いかがでしたでしょうか?内容はともかく、それぞれのテキストが何を意味しているのかを順番に説明します。まず、脚本の1番最初、下線を引かれた太字のテキストは「柱」です。柱には、シーンの舞台設定をする役割があります。冒頭にある「1」という番号はシーンの番号で、そのあとにはシーンが展開するロケーション、そして時刻と年代設定が書いてあります。時刻については、実写映画における外ロケの場合に撮影する時間帯を左右するために書き記す習わしになっていますが、VRChat映画であれば割愛しても構いません。
そして、2段落目の「その日の夜~動き回っているのだ。」というテキストが「ト書き」です。柱で指定したロケーションの中で、今何が起きているのかを説明する状況説明のパートです。
途中で下線を引かれている「VRChat Home Wolrd、ミラーの前」というテキストは、ロケーションの中で更に移動や詳細な場所の指定が発生した場合に入れます。このように分けては書かず、ト書きの文章の中にそのまま含める場合もあります。
そのあとに続くキャラクター名から始まる文章は、台詞です。どの人物の発言なのかを明示したうえで、その発言内容を書き記しています。
最後の「困っただめがねは~開こうとしました。」は、再びト書きです。このように、ト書き・台詞・ト書き・台詞…というふうにシーンを展開してゆき、1つのシーンが終わったら次のシーンの柱を書き…と繰り返してゆくことで、脚本が完成します。何を持ってシーンの切り替わりとするかは諸説ありますし、シーンを分けることに意味はないという方もいらっしゃいます。ですが、概ね「ロケーションが変わったらシーンも変わる」と思っておくと間違いがないと思います。
脚本には他にも色々な作法がありますが、重要なのは「脚本それ自体は完成品ではない」ということです。これを観客にお披露目するわけではないのですから、関係者が分かれば良いのです。特にVRChat映画は趣味での制作ですし、脚本を映画会社へ売り込むわけでもありません。細かい作法は置いておいて、初期衝動が冷めぬうちに書き上げることをお勧めします。もし他に脚本の書き方で気になる点がある場合は、以下の書籍が大変参考になります。筆者も、これを読み込んで脚本を執筆しました。参考にしてみてください。
-「感情」から書く脚本術 心を奪って釘づけにする物語の書き方(カール・イグレシアス 著)
-物語の法則 強い物語とキャラを作れるハリウッド式創作術(クリストファー・ボグラー&デイビッド・マッケナ 著)
これは余談ですが、筆者はかつて漫画家を志していました。しかしながら、「プロの条件」だと勝手に思い込んでいたアナログでの執筆にこだわるあまり道具の使い方や原稿用紙の作法の勉強に大変な時間を浪費し、最終的には心が折れてしまいました。今にして思えばデジタルで作画すれば良かったと思いますし、大変勿体ない時間の使い方だったと思っています。プロを真似ることで得られることもありますが、様式をなぞって何かを成した気になってしまうのは大変危険です。
脚本についてお伝えしたいことは以上です。次回は、脚本の後に続く準備──コンテ、キャラクターデザイン、コンセプトアートについてをまとめてご紹介します。
おまけ:こりゃ悔しい!のコーナー
コラムの最後に、筆者が「こりゃ悔しい!」と感じたまだ見ぬ名作VRChat映像作品をご紹介いたします。
第9回:OBSERVER◆ACTIVATE(コーヒー豆監督/2023)
今回ご紹介するのは、VRChatの老舗ロールプレイ団体「観測者」によるPV映像です。5分ほどの上映時間に見どころがグッと詰まった映像ですが、なんといってもロケーションが最大の魅力だと筆者は感じました。同団体が手掛けたフルスクラッチワールド「ヴィルーパ 中層 Sector 2496」を中心に展開される映像は、あらゆる区画が主役級のビジュアルパワーを持つ同ワールドの魅力を余すところなく引き出してます。VRChatの映像作品は、そのビジュアルの多くの部分をワールドのクオリティに依存しています。本作は、クオリティの全てをコントロールできる自作ワールドで作品を撮る喜びを思い出させてくれます。
映画プロダクション「カデシュ・プロジェクト」代表のだめがねさんのVRChat映画制作するために必要なことをまとめた連載企画。第9回では、脚本の執筆について紹介。