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17.映像作品を作る――――音は作品の「身だしなみ」である
VRChat映画の制作も、いよいよ最終工程が近づいてきました。今回ご紹介するのは、音響処理・楽曲制作についてです。はじめに、筆者は音響に関してなんの専門知識も持っていないことをお断りしておかなければなりません。今回はあくまで、このコラムのターゲットである映像作品の企画者(監督)が、専門知識を持たない音響や音楽をどうディレクションしたら良いのかという観点でお話ししたいと思います。
(1)VRChat映画における音響・音楽の現状
VRChat映画における音響・音楽の現状は、概ね3パターンに大別されます。まずは「完全に無視して制作する」というパターンです。台詞はゲーム内の音声を直接録音し、楽曲やSEは無料素材を使用して制作します。…というと聞こえは悪いですが、筆者はこれも立派な選択肢のひとつだと考えます。クオリティを高望みして世に出ないぐらいなら、拙くても公開した方がずっとずっと勉強になります。筆者も初期の作品は編集ソフトに搭載された申し訳程度のノイズ処理だけで作品を作っていました。それに、音響が弱みであるならサイレントで制作するという手もあります。その結果、顕著な成績を残した作品も存在します。
とはいえ、長く作品を作っているとそれでは物足りなくなってくる瞬間があると思います。こうなると残る選択肢は2つで、「自身が音響の知識を持ち、処理を行う」もしくは「音響の専門家に依頼する」のどちらかになります。前者は著名なVRChat映画の中にいくつか実例がありますが、全体を通して見れば極めて稀なパターンです。
となると後者ですが、楽曲制作はともかく音響処理に関する専門知識を持っている人を見つけるのは至難の業ですし、趣味の活動だからと無償やバーターで仲間に加えるには、作業量が重すぎます。つまり、針の穴を通すような偶然が重なって音響スタッフを仲間に加えられない限りは、有償で外部に依頼をするというのが現状のVRChat映画における音響処理のトレンドです。そして、労働量とクオリティアップへの寄与を鑑みれば破格も破格とはいえ、これらの依頼料は額面だけでいえば決して安価ではありません。結果的に、VRChat映画における音響のクオリティ勝負は、ほぼスタジオの資本力の競争になっています。
労働には正当な代価が支払われるべきですから、このトレンド自体に悪者がいないことは大前提です。一方で、趣味の創作活動がマネーパワーでの殴り合いになるのはわびしいものがあります。今回のコラムの狙いは、ここを少しでも民主化することです。ありがたいことに、VRChat映画の大型作品の音響をほぼ一手に担っているFERIA EX SOUNDが、基礎的な音響処理のハウトゥを公開してくれています。技術面については、これを読んで頂くのがベストです。
以降は、ディレクターの立場あるいは演者の立場から音響をクオリティアップする手段をご紹介します。
(2)音響をディレクションする
なによりも最初にお伝えしたいのは、音響・音楽に共通する心構えとして「専門知識を持たないなら、具体的すぎる指示を出すべきでない」ということです。知識を欠いた具体的な指示は、時に致命的な行き違いを招くことがあります。これは、音響・音楽以外の分野についても言えます。
例えば、東京から京都まで行きたいのに新幹線の存在を知らない人がいたとします。その人が歩いて京都まで行くコースを色々思案した末、「琵琶湖は北回りと南回りのどっちで行くと早いかを調べてください」と聞いてきたらどうでしょう?本人の目的を鑑みれば、最適な回答は新幹線の存在を教えることなのですが、指示が具体的すぎると意図が見えません。結果、頼まれた側も的外れな答えを返すしかなくなります。知識がないのに具体的な指示を出してしまう怖さは、ここにあります。知識がないとき、ディレクターが作業者に指示すべきは具体的な解決策ではなく「目的や理想の完成形」なのです。ちなみに、琵琶湖は北回りで歩く方が南回りより遥かに過酷だそうです。
そのため、音響におけるベストな指示出しの方法は「まずは、完成した映像を見てもらう」ということに尽きます。これが最上で、後は妥協策と言っても良いぐらいです。そうは言っても、スケジュールの都合で映像の完パケから音響を始めてもらうのが難しかったり、銃撃戦などに音ハメが必要で音に先行してほしい場合もあると思います。その場合は、効果音や楽曲の用途、シーンのテンション、観た観客にどういう気持ちになって欲しいのかなどの情報をできる限り詳細に作業者へ伝えてあげてください。
加えて、なにか既存の作品でリファレンスを用意できればベストです。そのうえで、作業者との細かいフィードバックのやりとりに根気強く付き合ってあげてください。タイトルにもあるとおり、音は作品の身だしなみです。時間をかければかけるだけ、良いクオリティの作品に仕上がります。
(3)音楽をディレクションする
音楽についても基本的な心構えは音響と同様ですが、こちらでは「尺」が何よりも大事になります。音楽は拍子やメロディーラインの問題がありますから、都合良く映像に合わせてぶつ切りにすることはできません。音響と同じように映像の完成形を見せてそれに合わせて曲を作ってもらうか、映像の側が曲に合わせるほかありません。
それに、調整するといっても1秒や2秒単位での調整はできない場合があることも念頭に置いておかなければなりません。こういった理由から、音響以上に完成した映像を見て合わせてもらうことが重要です。
そこさえクリアしていれば、楽曲制作に対して監督ができることはさほど多くありません。音響以上にコンポーザー自身の作家性が出る分野ですし、実作業を手伝うこともできないからです。
強いて言うなら、「どこまでをオリジナル楽曲にするか」という判断はディレクションの領域に属します。映画の全トラックがオリジナルというのは憧れの的ですが、膨大な時間と費用が掛かります。今はArtlistやAudiostockなどで有償・無償を問わずあらゆるジャンルの楽曲が手に入りますから、こだわりの強くない部分はそれらに委ねるのも重要な判断です。
もちろん、自身の作品とフリー音源が混在することを好まないコンポーザーもいるでしょうから、そのあたりはしっかりと聞き取りをしてディレクションを行いましょう。
(4)アフレコをディレクションする
音響(効果音や整音)、音楽(BGM)だけでなく、声優に台詞を吹き込んでもらう過程ももちろん音響処理の一環です。VRChat映画における音声はアフレコ(後から映像に合わせて声を吹き込む形)が主流ですが、このアフレコにもディレクター側が知っておくべきコツがあります。
アニメのアフレコだと、下絵で声を当てたのち、その声に合わせて絵を描く場合もあります。ですが、VRChat映画では完成映像に直接声を当てるのが主流です。実際にやってみると分かりますが、これは非常に難しいです。何よりもリップシンク(口パク)を合わせないといけませんが、その状態で感情を込めた演技をするのは至難の業です。
演技の専門教育を積んでいるならともかく、仲間内で声優をやってもらうためには、このアフレコの壁を越えてもらうための工夫が必要になります。そこで重要になるのが、「台本の準備」と「テスト映像の準備」です。まずは台本からご説明します。といっても、台本の目的は演者に台詞や場面を理解してもらうことです。その目的が達成できさえすれば、細かい様式に則った台本を用意する必要はありません。以下は、筆者のスタジオで使用している台本の例です。日本のテレビアニメの現場で使用されている台本の様式に則っていますが、最初はここまで細かく作らなくても良いと思います。
この台本を見ながら声を吹き込むテスト映像も必要になるわけですが、こちらは本番の映像と異なる要素をいくつか入れています。まずは、以下の資料をご覧ください。
まず目につくのは、上部の数字だと思います。これはタイムコードといって、シーンの経過時間を示す時計です。商業映画のボツ映像、NGシーンなどでも目にしたことがある方もいらっしゃるのではないでしょうか。これがあることで、演者は台詞のタイミングを計りやすくなります。編集ソフトによって方法は異なりますが、どのソフトにも搭載されている機能だと思うので、入れ方を調べてみてください。
次は、下部に目を移してみましょう。台詞の字幕が入っていることがわかると思います。これは台本があるなら省略しても良いのですが、入っていれば今どの台詞が読まれているのか一目瞭然なので、なるべく入れるようにしています。
また、画像のみだと読み取れない情報として、筆者はこれらの字幕に合わせて自分自身で吹き込んだテスト音声も入れるようにしています。リップシンクの合わせや間の取り方、演技の方向性など、声で聴いてもらうのが一目(?)瞭然だからです。ただ、アフレコに慣れていない演者の場合、こういった詳細な指示を入れることで演技が画一化して固くなってしまう場合もあります。難しいところですが、演者のタイプに応じた見極めも監督の仕事です。
ややこしいのですが、三分割のグリッドは編集用で入れているだけなので、アフレコとは無関係です。
(5)映像制作は最終段階へ
工程が前後する場合もありますが、音響処理まで終われば基本的に映像制作の工程は終了です。完成した映像と音声を合わせ、晴れて作品を世に出せる段階になりました。これにて本コラムも終了…と言いたいところですが、ここからが肝心です。単にいい作品を世に出すだけでは、もはや観てもらえない世の中になってしまいました。それ自体の良し悪しはともかくとして、環境がそうであるなら作り手は合わせていくしかありません。次回は、作品完成後の重要工程──自主制作映像におけるプロモーションのハウトゥについてお伝えしたいと思います。
おまけ:こりゃ悔しい!のコーナー
コラムの最後に、筆者が「こりゃ悔しい!」と感じたまだ見ぬ名作VRChat映像作品をご紹介いたします。
第17回:バートランドReNew PV(ホム・レス監督/2024)
先日、X上で見かけて衝撃を受けた作品です。新作アバターのプロモーション映像なのですが、それに留まらない作品性があります。何よりもまず目に留まるのは、アクターの動きの美しさです。VRChatで撮影したと思しき動きの箇所もありますが、モーションキャプチャで取り込んだ動きがメインでしょうか。いずれにせよ、華やかでありながらあくまでアバターを主役として引き立てるようなうるさすぎない動きが見事ですね。どうやって撮っているのでしょうか…
全体的な色調のコントロールも見事です。「アバター」・「背景」といった素材ではなく、それらがすべて重なった1つの映像としてきちんと成立しています。ブラーの美しさも印象に残りますね。
筆者は監督の立場ですが、この映像はアップロードされてすぐに筆者のスタジオのアクターたちからも話題に上がりました。演技面とプロダクション面、双方に隙が無い映像なればこそだと思います。制作過程が非常に気になりますし、このような映像を撮ってみたいと感じさせられる作品でした。
映画プロダクション「カデシュ・プロジェクト」代表のだめがねさんのVRChat映画制作するために必要なことをまとめた連載企画。第17回では、音響・音楽について紹介。