目次
14.映像作品を作る――――撮影その2…撮影に潜む、思わぬ「落とし穴」
今回は、撮影についてのおさらいの第2回です。前回のコラムではデフォルトカメラの扱い方についてご紹介しましたが、第14回ではいよいよ、実際の撮影へ話題を移します。映画作りの根幹とも言える撮影ですが、VRChat映画の場合は、現実のそれとやや異なる傾向があるようです。それらを事前に把握して、円滑に撮影を進めましょう。
(1)VRChat映画撮影の「難所」
VRChat映画の撮影にあたっては、大きく分けて2つの注意事項があります。1つ目は、「撮影時間より準備時間の方が長い」ということです。文字に起こしてみると至極当たり前の事にも思えますが、映画撮影における準備の長さというのは尋常ではありません。
セットを組み、ライトを置き、カメラを置き…その間ずっと名のある俳優を立たせておくわけにはいきませんから、撮影のその瞬間までは「スタンド・イン」と呼ばれる実査の俳優に背格好の近い代理を置いてライトの調整を行ったりもします。それほどの準備を重ねて、ようやく数分、下手をすると数秒の映像が撮れるというわけです。
これは、VRChat映画においても変わりません。そのうえ、VRChatは映画を撮るために設計されたプラットフォームではありませんから、撮影には様々な不便が付きまといます。カメラの設置中にコライダーに挟まれてカメラマンがスタックしてしまったり、カメラのそばのピックアップ判定に手を吸われてしまったり…こういった理由から、まずはカメラマン、次いで長時間待つことになる演者には多大なストレスがかかります。
もちろん、それを管理する我々監督の心労も相当なものですが、そこは言い出しっぺですからひとまず飲み込みましょう。筆者の体感では、2時間の撮影をセッティングすると、そのうち1時間はこういった準備やカメラテストで終わってしまいます。そこから効率よく撮影を進めても、1回の撮影で2~3分(10~20カット)の映像を撮るのが限界だと思います。まずはそれを念頭に置いて、撮影のスケジューリングを行ってください。
余談ですが、この2時間というのは筆者が3年余りのスタジオ運営の結果導きだした、撮影のストレスに耐えて気持ちよく作品を作れる限界の撮影時間です。スタジオの熱量によってはもっと長時間の撮影も可能ではあると思いますが、長く活動を続けたいならこの辺りにとどめておくことを強くお勧めします。
2つ目は、「動いているシーンは止まっているシーンより撮影が難しい」ということです。これも当たり前の話に思えますが、問題は先ほどの時間感覚があくまで止め絵の多いシーン準拠であるということです。動きのあるシーンであればカメラのセッティング時間も伸びますし、そのうえアクションとなればリテイクもかさみます。
つまり、一層撮影にかかる時間とストレスが増えるということです。特にVRChat映画の基本的な傾向として、「現実での撮影難易度とVR内での撮影難易度は逆転する」という向きがあります。例えば、派手な爆破シーンは現実で撮るとなると爆薬の準備や演者の安全確保、行政への許可取りなどに難儀しますが、VRChat内ではパーティクル1つで解決します。
一方、「ただ歩いている姿を追いかける」という現実ではさほど難しくないシーンは、VRChat映画では最高クラスの難易度です。3点トラッキングの歩行モーションでは自然な歩き姿になりませんし、かといって実際に歩くとなると部屋の広さに限界があります。こういった制約に撮影に入ってみてから気付くこともあり、監督はその場で解決策を考えなければなりません。解決が難しければ、そのカットの撮影を後日に回すといった機敏な判断も必要です。そういったジャッジを的確に下すためには、これら2つの傾向に加えて、VRChat映画におけるシーンの難易度とその撮影方法を知っておく必要があります。ここからは、映画で頻出する3つのシーンを中心に、その難易度と攻略方法をご紹介したいと思います。
(2)会話シーン:難易度★
単にキャラクター同士の音声コミュニケーションという見方をするなら、映画のほとんどは会話シーンであると言えますが、中でも今回は「静止した状態での、2~3名での会話」を想定してお話を進めます。
大原則として、映画の撮影において不必要なカメラの動きは避けるべきと言われています。特にこういった安静状態での会話シーンは、「会話の内容を聴かせる」「誰と誰が話しているのかを明示する」という観点から、基本的には会話に関わる人物を画面の左右(カミとシモ)に振り分け、ときおり遠くからの絵(ロングショット)を交えながらオーソドックスに撮影するのが最良です。そういった理由から、カメラマンや監督の目線でいえば、会話シーンは撮影難易度が低いと言っても良いと思います。
一方、役者目線で言えば、会話シーンにもそれなりの苦労があります。会話を自然に見せようと思うと、当然台詞に合わせてリップシンクが動いていることは大前提です。つまり、台詞を暗記している必要があります。加えて、表情やジェスチャーのコントロールも必要になってきます。シンプルながらかなりのマルチタスクを要求されるわけです。
とはいえ、以降でご紹介する2つのシーンと比べればだいぶマシです。加えて、台詞についてはオーバーレイでコンテや台本を表示しながら演じるというVRならではの裏技もあります。もちろんプロ意識を持つなら暗記しておくべきですが、最初はこういったテクニックを駆使して「演じる」ことへの心理的ハードルを下げていくと良いでしょう。
(3)歩行シーン:難易度★★
歩行シーンも会話と同じぐらい頻出しますが、その難易度は会話の比ではありません。これについてはカメラマンも監督も演者も、等しく大変な苦労を強いられます。理由はシンプルで、「映像上要求される距離を実際に歩けるほどのスペースが、演者の家にない」からです。
短い距離であればコース取りによってはギリギリ用が足りることもありますが、例えば「コーヒーやサンドイッチを買いながら、朝の街角を歩いていく」というようなシーンはもう絶望的です。なんらかの裏技を使って攻略するほかありません。とはいえ、VRChat映画を撮っていれば誰でも直面する問題なだけあり、幸い撮影技法の研究も進んでいます。いかに、それをご紹介いたします。
VRChatにおける歩行の問題を解決する上で、最もオーソドックスな対処法が無限歩行です。演者側に技能の習得が必要ですが、その名の通り理論上は無限に歩いて行けます。無限歩行の方法についてはハウトゥが多数ございますのでここでは割愛しますが、演者に技能習得の余裕があるなら検討しても良いと思います。
とはいえ、筆者はあまりこの方法を採用していません。理由は、映画で見せたいものと無限歩行の狙いが噛み合わないことが多いからです。無限歩行はその出自からして歩き姿を美しく見せるためのものであり、いわゆるモデル歩きに近いものです。一方、映画における歩き姿は、必ずしも美しさを求めていません。第一にキャラクターに合っているか、第二に場面に合っているかです。こういった理由から、筆者は以降の選択肢を採用することが多いです。
ドリー椅子とは、前回のコラムでもご紹介した、移動アニメーションとチェア判定を仕込んだ撮影用アバターのことです。あたかも現実の映画撮影におけるドリー(台車)のように使えることから、筆者のスタジオではこのように呼んでいます。
ドリー椅子を使用した歩行シーンの撮影方法は、フルトラッキング前提ではありますが実にシンプルです。まず演者がチェア判定に座り、あとはAFKモードに入ることでチェアモーションを解除するだけです。これにより、チェアに座りながら自由に動くことができるようになります。あとは、その上であたかも歩いているような足踏みと肩の動きをするだけです。
つまり、この方法では歩行による移動をチェアのアニメーションに代行させているわけです。演者はそのスピードに合わせて、歩いているふりをするだけで済みます。要はパントマイムなわけですが、実際に撮影してみると驚くほど自然に映ります。筆者が監督を務めた作品の歩行シーンはほぼ全てこの方法で撮影しておりますので、ぜひご覧ください。
とはいえ、この方法も万能ではありません。詰まるところ演者は足踏みをしているだけなので、足元のアップが映ってしまうと途端に仕掛けがバレてしまいます。長距離移動のバストアップはこの方法を使い、足元のアップは実際の歩きや無限歩行を使うといった工夫が必要です。
身も蓋もないですが、監督やカメラマンからすれば最も簡易な解決方法です。クオリティに目を瞑るならVRChatのデフォルトアニメーションでも構いませんし、よりリッチでリアルなアニメーションに差し替えれば、他のどの選択肢よりも現実的な描写が可能です。
しかしながら、そこに「演じる楽しさ」はありません。演者にとって、この方法は面白いものではないかもしれません。撮影の簡便さを取るあまり、演者を疎かにしてしまっては本末転倒です。この方法の採用は、よくよく俳優と相談した上での判断が必要だと筆者は考えます。
(4)接触シーン:難易度★★★★
今回ご紹介する中では、文句なしの最高難易度なのが接触シーンです。接触とはつまり、握手や格闘、あるいはハグやキスなど、キャラクター同士の物理的な接触を伴うシーンです。VRChat映画の魅力のひとつは遠方にいても集まって撮影ができることですが、この場合は「そこにいない」ということがむしろ難易度を上げています。
握手であれば、互いの手の位置で何もない空間を握りしめて動きを止めなければなりません。格闘であれば、それどころか殴ったことの反動までもを1人で表現しなくてはなりません。
残念ながら魔法の解決法は存在しませんが、対処療法的な技はいくつか存在します。1つは、「接触点に目印を置く」ということです。最も準備が要らず汎用が効くのは、カメラを設置することです。カメラは誰からも見える一方、他のカメラには映りませんから、そこを目掛けて演者たちが接触を試みれば良いわけです。握手であれば握手の目標地点に、打撃であれば殴るポイントにカメラを置くわけです。
加えて、カメラワークの工夫でもシーンの難易度を下げることができます。握手であれば、横から(手の甲側から)取ることで、多少の位置のズレを誤魔化すことができます。格闘シーンは、前回ご紹介したカメラの望遠を利用して位置関係を圧縮すれば、「当たってない」ことを誤魔化すことができます。これは現実の映画撮影でも使用されている方法で、『蜘蛛巣城』(黒澤明監督/1957)で三船敏郎が多数の矢を射掛けられるシーンが有名でしょう。
(5)コミュニケーションを大切に
今回はVRChat映画撮影における基本的な撮影の心構え、頻出シーンとその難易度、攻略法についてご紹介しました。とはいえ、ここでお伝えしたことはあくまで一例です。
他にも難しいシーンはたくさんありますし、ここで難易度が低いとしたシーンも、演じる方によっては難しく感じるかもしれませんし、その逆もあり得ます。大切なのは、「VRChat映画において大切なのは、効率の追求ではない」ということです。
たびたびこのコラムでも触れていますが、趣味の制作を成功させる秘訣は過程を楽しむことです。効率が良く思える方法が却って撮影の楽しさを削いでしまうこともあり得ます。どういうふうに撮影を楽しみ、どのような作品に仕上げるかの答えは、仲間との対話の中にしかありません。撮影にはストレスが伴いがちだからこそ、コミュニケーションを忘れずに制作をしていきたいものです。
おまけ:こりゃ悔しい!のコーナー
コラムの最後に、筆者が「こりゃ悔しい!」と感じたまだ見ぬ名作VRChat映像作品をご紹介いたします。
第14回:THESEUS(Marukichi監督/2022)
本作はポストアポカリプス風の世界観で展開するショートドラマです。一見すると普通の作品に思えますが、驚くべきは本作はカメラ、キャスト、監督、そして挿入歌に至るまで全て1名で担当しているということです。それを差し引いても非常にクオリティの高い映像で、「1人でここまでやれるのか」感想を抱かずにはいられない、非常に勇気づけられる作品です。
今回のコラムでは題材の都合上、撮影の難しさばかりをフィーチャーしてしまいましたが、本来VRChat映画というのは「1人でも、お金がなくても、自分の脳内の物語を高いクオリティで映像化できる」という夢のあるジャンルです。本作は、そのことを大いに思い出させてくれます。
映画プロダクション「カデシュ・プロジェクト」代表のだめがねさんのVRChat映画制作するために必要なことをまとめた連載企画。第14回では、VRChat映画における難所について紹介。