VRC〈ブイチャ〉で映画を撮る前に… 【第3回】映画を読み解く魔法の言葉 “三幕構成”

映画プロダクション「カデシュ・プロジェクト」代表のだめがねさんのVRChat映画制作するために必要なことをまとめた連載企画。第3回では、映画の基本構造を読み解いていきます。

3.映像作品作りの前に――プロットの執筆 

第1回ではコンセプト決め、第2回ではリファレンス集めと続いてきた本コラムですが、今回からは制作の実作業へ話題を移します。晴れて映像を作り始めたあなたが最初にすべきことは、プロットの制作です。そして、この工程は多くの方が映像制作で最初につまずくポイントでもあります。その理由は、プロットと脚本の混同にあると筆者は考えています。

プロットとは、一言でいえばストーリーの要約です。一方で、脚本は演出やロケーションの昼夜などが細かく書き込まれています。つまり、まずはプロットで作品全体の流れやイメージを固め、そこから脚本を書いてゆくという流れです。プロットの大枠が決まっていないのに脚本で決めるような個々のシーンの細かいディティールに囚われてしまうと、全体のバランスがちぐはぐになってしまいます。つまり、やりたいことが詰まったシーン──例えばバトルシーンはすらすら書ける一方、難しいキャラクターの登場シーンなどは同じディティールで書くことが出来ず筆が止まり、企画が頓挫してしまうというわけです。繰り返しますが、プロットはあくまで設計図で、細かい台詞や演出をプロットに書いてはいけません。まずはこのことを念頭に、今回のコラムを読んで頂きたいと思います。

(1) 映画の基本的な構造を知ろう

そうは言ったものの、脚本と比べてプロットは難易度が低いのかと言われると、そう単純な話でもありません。きちんと整理されたプロットを道しるべもなしにいきなり書くのは、熟練者であってもとても難しいです。ましてや初めての映像制作であればなおさらでしょう。まずは、プロットの作法(テンプレート)を知る必要があります。それが、映画の基本的な構造――三幕構成です。三幕構成とは、文字通り映画を3つのパーツに分割して構成する手法です。経過時間ごとに、それぞれ以下のような内容に分かれています。

-第一幕(ビギニング)…その映画で主題とする問題を提起する、状況設定のパートです。大概は主人公の抱えている問題が主題なので、主人公の身辺状況が描写されます。主人公が問題解決のために新たな一歩を踏み出すことが、第一幕の見せ場になることが多いです。

-第二幕(ミドル)…第一幕で提起した問題が複雑になってゆくパートです。敵キャラクターがいる場合は対立が本格化し、主人公は敗北によってどん底(1幕より悪い状態)に突き落とされます。この敗北が第二幕の見せ場になります。

-第三幕(エンド)…問題解決のパートです。解決の際には、2幕までで培った主人公の努力や人間関係が活用されます。それによって問題や敵キャラクターを打倒しするシーンが物語全体を通してのクライマックスになります。

意図的に構成を崩したものを除いて、概ねすべての映画がこの構造に分解できます。創作に正解はないとよく言われますが、模範解答は存在します。それが、この三幕構成です。こと趣味の創作となると「縛られたくない」「自分の個性を出したい」といった理由で理論面をおろそかにしてしまいがちですが、理論が理論と呼ばれるまでに広く受け入れられたのは、それが「作品完成への最短ルート」だからです。多くの成功した作品が倣っている理論には、リスペクトをはらう価値があります。例えば、近年最もヒットした映画のひとつ『アイアンマン』(ジョン・ファヴロー監督/2008)に当てはめてみましょう。言わずもがなですが、同作のネタバレを含みます。

-第一幕:天才、金持ち、プレイボーイの男、トニー・スターク。世界最大の軍需企業の社長である彼は、紛争地域でのプレゼンテーション中にテロリストの攻撃に巻き込まれ人質になってしまう。そこで自社の武器が悪用されているのを見た彼は、自分のアイデンティティに疑問を抱く。(問題提起)人質仲間に諭された彼は、己の間違いを正すためパワードスーツを作り、無事に生還する。

-第二幕:アメリカへと帰還した彼は、脱出の際に作ったパワードスーツを改良し、自分がまいた紛争の芽を摘むために自警団活動を始める。だがその裏で、脱出の際に投棄した初期型パワードスーツの残骸をテロリストが手にしていた。順調にヒーローへの道を歩む裏で、テロリストの手引きをしていたのがトニーの後見人でビジネスパートナーの男であったことがわかる。(問題の複雑化)トニーを見限った彼は、トニーが生命維持にも使用しているパワードスーツの動力炉を奪い、殺そうとする。(どん底への転落)

-第三幕:絶体絶命のトニーだったが、自身が過去に発明したロボットに助けられ、スペアの動力炉を手に入れ一命を取り留める。そこへトニーの秘めた正義感に気付いていた親友の軍人や秘書も加わり(人間関係の活用)、同じくパワードスーツを手にした敵の打倒へ動き出す。最後は、トニーだけが改良の過程で気付いていたスーツの欠点を突いて敵を倒し、平和を取り戻す。(努力の活用)

(2)実際にプロットを執筆してみる

――いかがでしょうか。大ヒットした映画ほど、忠実に三幕構成のセオリーに則っていることがわかります。また、上記の文章そのものが、アイアンマンのプロットでもあります。作品をご覧になった方ならよくわかると思いますが、空軍機とのドッグファイトやスーツ開発過程でのコミカルなシーンは、大筋と関係ないので省略して書いています。

商業映画(特にハリウッド映画)の場合プロットはA4一枚分ぐらいの文量が適正と言われているので、実際はもう少し詳細に書いても構いません。ただ、プロットの長さは当然上映時間の長さに直結します。不必要に長大なプロットを執筆することは、すなわち制作難易度を上げていくことに繋がります。映像制作に不慣れな場合は、なるべく手短にまとめることをお勧めします。とはいえ、いくら座学を重ねても結局手を動かしてみなければ理論は身に付かないもの。せっかくですから、次のような条件で皆さんも実際にプロットを執筆してみてください。筆者による回答例は、コラムの最後に記しておきます。

-主人公:事故で選手生命を絶たれた一流の野球選手

-結末:主人公は、再び野球ができるようになる

-禁止事項:作中でキャラクターを殺す

(3)プロット執筆に必要不可欠なもの

ワークを実際にやって頂いたことで、プロット執筆に必要不可欠なものが見えてきたのではないかと思います。そう、キャラクターです。おそらく主人公の設定だけではプロットが書けず、各々でサブキャラクターを創作してワークを仕上げて頂いたのではないでしょうか?

プロットと脚本の違いは、詳細な演出や台詞を書き込むかどうかであるとお伝えしました。つまりプロットとは、「脚本のうち、キャラクターにまつわる状況や問題の移り変わりだけを取り上げたもの」と換言することもできます。つまり、キャラクターの性格や能力、抱えている課題の深掘りなくしては、まず第1幕を書き上げることすらできません。では、そのキャラクターたちはどのように作ったら良いのでしょうか?次回以降は、創作最大の醍醐味である「キャラクターの作り方」についてご紹介いたします。 

おまけ:こりゃ悔しい!のコーナー

コラムの最後に、筆者が「こりゃ悔しい!」と感じたまだ見ぬ名作VRChat映像作品をご紹介いたします。

第3回:『Ognanje~さらわれた子供~』(Altolico(あるとりこ)監督/2022)

本作は、VRChat映画の弱点になりがちな音響を武器にしたという点が印象的でした。現状のVRChat映画の評価の大部分は、「音」のクオリティに依存している一方、多くの作品で音周りの作り込みが手薄だと筆者は考えています。もちろん脚本の面白さは大前提として、その先の評価を決定しているのは、俳優の声の演技、それを整音する音響監督の腕前ではないでしょうか。俳優の演技はともかく、音響のクオリティ向上にはかなりの専門知識が要求されますし、専門家へ正式に依頼しようと思えばかなりの金額になります。そのため、自分たちで音響に関する知識を持っているか、あるいは外部へ委託できる資本力があるスタジオだけが音の分野で勝負できている状況です。

一方、本作は劇伴のみのサイレント映画です。一見すると音での勝負を諦めているかのように思えますが、実際にはそうではありません。結果的にサイレントで制作するという判断が作品に想像の余地を生み、ホラーである本作の深みを増す形になりました。この「敢えて今、サイレントで撮る」というアイデアに非常に感銘を受け、弊スタジオの最新作『Monotone-僕と君が出会うまで-』でも、プロデューサーとしてサイレント映画にすることを提案しました。最終的に『Monotone』へこのアイデアを採用することを決めたのはしんおじ監督ですが、実際にサイレント映画として製作した結果高い評価を頂いており、筆者個人としては大きな影響を受けた作品の1つです。

ワークの回答例

-第一幕:オオタニイッペーは、投げても一流・打っても一流のまごうことなき世界一の野球選手だ。日本のプロ野球からメジャーへ進出した彼は、大活躍で名声を欲しいままにし──そして、傲慢になっていた。ある日、祝勝パーティーの帰りに愛車のスポーツカーで郊外を飛ばしていた彼は、交通事故を起こし利き腕を失ってしまう。自暴自棄になり周囲に当たり散らしたことで、彼を取り巻いていた人も次第に消えてゆく。美人アナウンサーのガールフレンドとも別れたイッペーだったが、別れ際、彼女が涙ながらに残したアドバイスに従ってリハビリをすることを決意する。

-第二幕:リハビリ施設で、イッペーはひとりの少年と出会った。少年は小児がんに侵されていたが、イッペーの大ファンだった。最初は上手くいかないリハビリに不貞腐れていたイッペーだったが、少年の真っすぐな応援に次第に心を開き、真剣にリハビリへ取り組むようになる。そして、少年とキャッチボールができるようになるまで回復したイッペーは、少年と約束した。「再びメジャーのマウンドに立つ」と… 施設を出たイッペーは、元々所属していた球団に選手復帰を掛け合う。だが、球団オーナーの答えは残酷だった。「片腕の野球選手など要らない。野球ができるというならば、今の体で最強の打者を打ち取ってみせろ」──そんなこと、できるはずがない。イッペーは打ちひしがれた。

-第三幕:だが、そんなイッペーを見守っていた人がいた。別れたガールフレンドだ。アナウンサーであるがゆえメディアに顔が効く彼女は、奇跡の復帰を遂げたイッペーを始球式に呼ぶよう各所に働きかけた。こうして始球式に呼ばれた彼の前に立ちはだかったバッターは、選手時代にライバルだった強打者だった。今の体で最強の打者を打ち取ってみせろ」…オーナーの言葉がちらつく。観客席には施設で一緒だった少年も見守る中、イッペーは投球を放ち──見事な剛速球で対戦相手を打ち取って見せた。観客が総立ちになる。オーナーも、「参った」と言わんばかりの大拍手だ。こうして観客を再び味方につけた彼は、見事に野球選手として復帰を果たしたのだった。

ABOUT US
だめがね
2020年、VRChatを開始。VR空間での映像撮影に可能性を見出し、クリエイターチーム「カデシュ・プロジェクト」を結成。 同スタジオの代表を務める傍ら、デザイナーとしても活動する。映画監督としての代表作に『プロジェクト:エメス』『掌』、 アートディレクターとしての代表作にVRChatワールド『Tokyo Mood by BEAMS』がある。