目次
16.映像作品を作る――――編集こそが「映像制作」である!
VRChatに限らず、映像作品の撮影が終わった後に待っている作業が「編集」です。編集とは、撮影した個々の映像を適切な場面・長さに切り取って繋げる作業で、映像素材を1つの作品に「集めて編んでゆく」がゆえに編集と呼ばれています。「素材」が「作品」へ昇華される──言わばこの工程こそが映像作品が生まれる瞬間であり、映像作品の全工程の中でも非常に重要な意味を持っています。
しかしながら、撮影や演技と違って見かけ上の華々しさに乏しく、たいていは編集担当者(VRChat映画では多くの場合、映像の企画者自身)が黙々と作業する工程のため、あまりスポットライトが当たりません。それゆえに基礎的な理論であっても教本を見つけるのが難しく、趣味の映像制作では疎かにされがちな分野です。
しかしながら、編集の完成度はすなわち映像の見やすさ、つまり「とっつきやすさ」「完走してもらいやすさ」に直結しています。編集が拙い映像は観客に細かい違和感を覚えさせストレスを与えてしまい、途中離脱されやすいということです。
特にVRCムービーアワードなどの賞レースにおいては、個々の画面作りではそれほどの力量差はなかったものの、編集で大差がつく例がかなり見られます。こういった理由から、本来は1回のコラムで消化できるほど簡単な分野ではありません。とはいえいきなり高度な理論と向き合っても消化しきれませんから、今回は最低限押さえておくべき「編集ソフトの選び方」と「最も基礎的な編集理論」の2つをご紹介いたします。
(1)編集ソフトウェアを選ぶ
編集作業において欠かせないのが、専門の編集ソフトウェアです。撮影工程と異なり、この作業はVRChat内で完結させることができないため、別途外部ソフトウェアを用意する必要があります。今回は、映像制作において頻出する3つのソフトウェアの特徴をご紹介します。それぞれ得意とする分野や費用に違いがありますので、ご自身の予算や習熟度に応じて選んでみてください。
①Wondershare Filmora(ワンダーシェアー フィモーラ)
使いやすさ:★★★★
作り込みやすさ:★
価格:★★★★★
今回紹介する3種類の中では、最も初心者向けのソフトウェアがこのFilmoraです。映像編集に必要な機能はひととおり全て揃っており、映像出力時の透かしさえ許容できるなら、無料版でもすべての機能を使用することができます。仮に有料版を購入しても年間6980円(※個人ライセンス・2024年現在)と大変リーズナブルで、それゆえVtuberや実況者など映像分野で活動するタレントに愛用者が多い印象です。
価格以外にも、独特なトランジション(映像間の繋ぎ)やエフェクト(映像に掛ける特殊効果)を多数搭載しており、編集のみならず特殊効果や、場合によっては音声処理までこれ1本で完結できるのも大きな魅力です。一方、外部のプラグインや他ソフトウェアとの連携においては下記の2本に劣る印象で、良くも悪くも初心者向けというのが総評です。とはいえ使いこなせばVRChat映画を作るには十分で、筆者の長編処女作『プロジェクト:エメス(2021/だめがね監督)』も、このfilmoraを使用して制作しました。
② DaVinci Resolve(ダヴィンチ・リゾルブ)
使いやすさ:★★★★
作り込みやすさ:★★★★
価格:★★
Filmoraでは物足りなくなってきた中級者にオススメしたいのが、DaVinci Resolveです。最大の魅力は無料版でも出力映像に透かしがなく、永続的に使用できるということです。その代わり、Filmoraと異なり使用できる機能には制限があります。そうはいっても、VRChat映画の製作に使うなら無料版で十分事足ります。
有償版は46,980円(※公式サイトでの販売価格・2024年現在)と中々手が出づらい価格ですが、買い切りである分、長期的にはPremiere Proよりリーズナブルです。総合的には中級者向けらしく中庸な印象ですが、間を取った宿命として価格面も機能面も決定打に欠けるとも言えます。本ソフトウェアを使用して作られた代表的なVRChat映画が、『【DESPERADO】 EPISODE1 『BLIND HEAVEN』(2022/satius監督)』です。弘法筆を選ばずと言いますが、このクオリティを見れば中級ソフトウェアでも素晴らしい作品が作れることがお判りいただけると思います。
③Premiere Pro(プレミア・プロ)
使いやすさ:★★★
作り込みやすさ:★★★★★★
価格:★
無料ソフトウェアで何本か作品を作っていると、機能面の不足を感じる瞬間がおそらくあると思います。膨大な投資と引き換えにそれらのストレス全てから解放される手段が、Premiere Proです。あのAdobe製品なだけあってプロの現場でも使用されており、機能面においては文句なしで最強の1本です。
Photoshopなど同社の他ソフトウェアとの連携もでき、それらの連携を駆使すれば、映像制作においてできないことはありません。しかしながら買い切りパッケージがなく、俗にAdobe税と呼ばれるほど高額なサブスク料金を毎月毎年払い続けることになります。また、多機能な分、初見でのとっつきやすさは上の2本に劣ります。
ただ、全ての映像編集ソフトウェアの手本なだけあって、他のソフトウェアのUIはPremiere Proを真似て作られている部分が多分にあり、意外にも他ソフトからの乗り換えはスムーズに行えます。筆者も『掌(2022/だめがね監督)』を機にFilmoraからPremiere Proへ乗り換えましたが、慣熟は1週間ほどで十分でした。VRChat映画でも屈指の人気を誇る『NINE -prequel of emeth-(2022/中田らりるれろ監督)』も、本ソフトウェアを用いて制作されました。
(2)必ず知っておくべき編集技能
ソフトウェアを選び終わったら、いよいよ実際の編集作業です…と言いたいところですが、この分野については筆者よりも適任の語り手がいます。ここからは、筆者の友人であり敬愛する映像クリエイターでもある中田らりるれろ監督に筆をお譲りして、ジャンル・長さ・ソフトウェアを問わず使用できる「編集の基礎」についてお話しいただきたいと思います。
映像ディレクター/VRChat映画監督。本業で長年映像編集・ディレクションを営む傍ら、VRChat映画をはじめとした自主制作映像を多数公開している。代表作に『NINE-prequel of emeth-(2022)』、『劇場版 電撃VRCホラワ調査隊 BANNED FOOTAGE -呼-(2024)』。
初めまして。映像屋の中田らりるれろです。今日はだめがね監督にコラムの1コーナーをお借りして、みなさんに映像編集についてお話ししたいと思います。初めにお断りしておきますが、ここでお話しすることはあくまで私が実際の映像制作で経験したことから導いたことです。決して妄信せず、参考程度に聞いて頂ければ幸いです。
さて、みなさんは「編集」というとどのような作業を想像しますか?おそらくテロップや映像の質を上げるエフェクトのことなど、映像の最終加工・仕上げ部分全般のことを指していると思う方がたくさんいると思います。ですが、ここで言う「編集」は撮影された生の映像素材を見易いように、または意図を持たせるために映像を切り貼りする「カット編集」のことを指します。今回はその点に絞ってお話させて頂こうと思います。
(3)「良い編集」とは何か?
では、カット編集の優劣はどこで決まるのでしょうか?これは、いわゆるプロが作る映像──地上波テレビや配給映画などの商用映像──と、アマチュアが作る映像の違いを比較することで見えてきます。
その最大の差異は、「徹底的に受け手の目を気にして作られている」ということです。商用映像は、読んで字のごとく商品です。代価を得て映像を作る以上、自己満足で終わることはできません。映像の意図するところがスムーズに受け手へ届くよう、あらゆる工夫が凝らされています。
これは、「お客様のことを考えて作っているからより良い素晴らしい映像が作れるんだ!」という精神論では決してありません。それよりももっと前の段階、「ここをクリアしていなくては人前に出せない、見てもらえない」という足切りのラインが、商用映像を研究することで見えてくるのです。
わかりやすいよう、ここは食器で喩えてみましょう。木製のお椀には、輪島塗のように高級なブランドから100円ショップで売られているようなものまでたくさんの種類があります。ですが、いずれも最低限表面のささくれが取られていて、割れや欠けがなくきちんと使えるものであるはずです。物の良し悪し以前に、お椀として使えないようなものはそもそも商品にならない=人前に出すことができないわけです。
映像も同じです。プロの映像には必ず、「大多数の人間が違和感を持たない基礎的な仕組み」があります。大作映画から音声MADまで、良い作品は予算の多寡に関わらずこれをクリアしています。逆に、できていない映像は「何かが違う」という印象になります。受け手の目を気にするとは、この足切りラインをクリアしているかどうかなのです。この違和感の正体を知れば、おのずと良いカット編集の条件も見えてきます。
(4)映像の「違和感」とは何か?
これは完全な持論ですが、十数年の映像編集経験から、映像における違和感とはおそらく「肉眼(眼球)の動きと異なる動きをカメラがしていること」だと筆者は考えています。
肉眼で物を観るときは、当然に目を様々な方向へ動かして物を見ています。一方、映像を見るときの目線はほぼ固定です。仮に動いてもあくまでスクリーンの範囲内で、日常生活における目線移動ほどの動きはありません。
つまり、映像を見ている間は「映像側が切り変わることで目の動きの代わりをしている」のです。画面の中の人物の左側から声がしたからと言って、劇場で左側は見ないはずです。登場人物が左を振り向くことで、観客である我々の「左を見る」という動きを代行してくれているのです。
逆に、左が気になるのに登場人物が左を見てくれないと、フラストレーションが溜まるはずです。あるいは、急に右を向くと戸惑うでしょう。つまり、映像側が「肉眼だったらしない・できない動き」をすればするほど、人は映像に没入できなくなり、ひどい場合は酔ったり飽きたりすると考えることができます。(もちろん、ホラー映画などではこういった違和感を効果的に演出へ活用している例があることはお断りしておきます。)
ここで、ひとつの疑問がわいてきます。「では、そもそも急激に視線が切り替わるカット編集は、しない方が自然な視界に近いのではないか?」という疑問です。確かに、それが事実ならカット編集などせず、撮って出しのワンカット映像の方が自然に思えそうです。ですが、これが事実でないことは実験してみると分かります。
今、一度スマホやパソコンから目を離して目の前の景色を見てみてください。画面から景色に目線が移動する過程が感覚的にカットされませんでしたか?合間の景色が、記憶に残ったでしょうか?おそらく、ほとんどの人は「画面」と「景色」の2カットしか記憶に残らなかったはずです。
今度は、カメラをパンして風景を撮るようなイメージでゆっくり首を左右に動かして景色を眺めてみてください。どんなにスムーズに首を動かしても、記憶に残る景色は大体2~3カットくらいに分割されていませんでしたか?
感覚的な話なのでもし腑に落ちなければ申し訳ないのですが、人の目は無意識に気になるものの1点に焦点を合わせています。つまり、我々が肉眼で見ている景色はすでに脳がカット編集を入れた状態なのです。「編集無しであちこちに方向転換するカメラ映像を見ていると酔う」というのも、実のところこういった脳の構造の影響が大きいと思われます。
「普段肉眼でしない(できない)動きをしない」──これを意識するだけで、映像編集の違和感を大きく軽減することができるのです。
(5)違和感のない映像編集の実例
ここまででお話ししたことを踏まえて、筆者が実際に使用している映像編集のセオリーを1つお伝えします。それは、「キッカケでカットを変える」ということです。キッカケとは、「映像の変化を望む、観客側の動機を作る」ことです。もっと簡単に言うなら、「観客が次に見たい映像を誘導する」ということです。登場人物ではなく、あくまで観客の心情に立って次に見たい映像を考えるというのがポイントです。
例えば、AとBという二人の人物が話しているシーンを想定します。最初のカットは、Aの顔にカメラが向いている状態としましょう。「肉眼の動きと同じである」と考えると、あなたが次にBの顔を見るキッカケは「Bが話し始めたから」、もしくは「Aの話題にBがどう反応しているか気になったから」になるはずです。
この場合の正答例は、「画面外からBの声が聞こえ始めてからカットチェンジする」という編集です。声が聞こえれば、誰が・何をしゃべっているかを知りたいという欲求が観客に生じます。プロの映像は、こういった細かい誘導を駆使してカット編集を行っています。キッカケに使えるイベントはいくらでもありますが、頻出するのは以下のような例です。
・被写体が画面外に行ってもう映すもの(見るもの)がなくなったから
・被写体が画面外に向かって何かを気にする素振りをしたから
・被写体が画面に近づき過ぎて状況がよくわからなくなったから
・被写体が別の被写体を話題に出したから
・被写体の話が終わったから
・被写体の周りの状況が気になったから
・被写体AがBを殴り飛ばした。Bがどうなったか気になったから
・音楽のリズムが変わったから
このように、多少無理やりに思えるキッカケでも、意外にカットが成立するものです。どんなものでも構いませんから、カットを変える度に何か逐一理由をつけてみてください。迷ったときには、多くの人がそれで納得するかを考えましょう。恐らく違和感が消えて、見やすい映像になるはずです。
(6)もったいないカット編集の実例
やりがちな失敗例が「Bが喋り始める前に既にカットが切り替わっている」というケースです。一見何が失敗なのかわかりづらいですが、肉眼に置き換えると理由がわかると思います。
特に喋る予兆がない相手を見るというのは、ある種の未来予知です。ふつうは喋り始めたことで気になって相手を見るものですから、順番が前後してしまっています。
とはいえ、Aの発言を受けてのBの表情の変化などを見せたい場合には、仮にBが喋っていなくてもBの映像にAの発言を被せる形でカットを切り替える場合があります。このように一概に片付けられないのも、編集の難しく奥深いところです。
もうひとつよくある誤解として、カット編集の基準を「観客が飽きる前に切る」あるいは「間が持たないから切る」とする考え方があります。間違いではないですが、これらはあくまで最終手段です。きちんと観客の誘導が終わってない状態でカットを切り替えることは、却って混乱に繋がりかねないからです。
ここまで来ると、「カット編集では人間にできない動きを絶対にしてはいけないんだ」と思わせてしまうかもしれません。ですが、そこまで過敏になる必要はありません。細かな違和感は気になる一方、ダイナミックな嘘であれば人間の脳はフィクションとして補完してくれます。実際、それを利用した映像ならではの場面転換のセオリーもあります。キッカケさあれば話している被写体から遠くはなれても良いですし、回想に突入しても構いません。別の場所の被写体にシーンが切り替わっても、切り替えの意図が通っていればさほど気になりません。四角四面に理論通りの編集をするのではなく、「この映像に違和感はないか?」というのを常に問い続けるのが、編集における重要な心構えです。
これらをある程度マスターできれば、逆に違和感を演出として利用することもできます。先述の通り、その典型例がホラー映画です。被写体が画面外に立ち去って、「もう映すものがない、次の映像を見たい」というキッカケが成立しているのに壁をずっと撮っていたら…?あるいは、何の理由もないのにいきなり知らない人の顔にカットが切り替わったら…?基本の違和感を極力なくすことで、意図して作った違和感が演出として際立ちます。
(7)最後に
今回お伝えしたかったことは、大きく分けて2つです。1つは、「自分の繋いだ映像に違和感がないかを常に問い続ける」ということ、もう1つは「肉眼(眼球)の動きと異なる動きをカメラにさせない」ということです。
編集がうまく視聴者の肉眼とシンクロすればするほど違和感がなくなり、「編集の上手い」映像を作ることができます。悲しいことに、編集は上手くなればなるほど違和感が消え、印象に残らなくなります。そういった意味では目立たず、やりがいのない作業と言えるかもしれません。ですが、だからといって巨大なテロップや場違いな効果音で気を惹いていては本末転倒です。編集たるもの、己を消して闇に紛れよ──そのことを胸に、編集作業に取り組んでください。
おまけ:こりゃ悔しい!のコーナー
コラムの最後に、筆者が「こりゃ悔しい!」と感じたまだ見ぬ名作VRChat映像作品をご紹介いたします。
第16回:1:IDEA-喪失-(セルカ・エフィルロス監督/2023)
本作は、オリジナルのキャラクターと世界観を元に同監督が展開している一次創作ファンタジー作品で、いくつかある連作のうちのひとつです。本作の何よりも魅力的なポイントは、物語優位で映像が作られていることです。現状のVRChat映画の多くは、見せたい画面作りが先行して撮られている印象です。
もちろん視覚メディアですからこれも正解なのですが、本来脚本家を主分野とする筆者は、あくまで物語性を重視した作品を評価したいと考えています。もちろん本作が映像面において劣っているわけではありませんが、物語については、より高い完成度にある作品です。物語の基本は「急ハンドル」です。部活において弱小校が強豪校に勝つ。あるいは、敵と味方が和解する。そういった急転直下な感情の乱高下にこそ、人はドラマを感じます。本作はその基本に忠実な物語構成で、続きが楽しみな作品です。
映画プロダクション「カデシュ・プロジェクト」代表のだめがねさんのVRChat映画制作するために必要なことをまとめた連載企画。第16回では、編集について紹介。ゲストに映像クリエイターの中田らりるれろさんを招いて掘り下げていきます。