VRoid Studio「XWear・着せ替え機能」は対応衣装格差に一石を投じられるか? norio氏に聞いた開発背景と展望

norio氏インタビューサムネ

 11月28日、VRoidプロジェクトは「VRoid Studio」の新機能として、VRChat向けアバターに3D衣装を着せ替えできる機能(以下、XWear・着せ替え機能)を正式リリースした。従来のVRChat向けアバター改変では、Unity上での操作が必須であり、3D衣装は「○○対応衣装」といった形で、アバター素体ごとにクリエイターが個別に調整したデータを提供するのが一般的だ。

 新たに導入される「XWear・着せ替え機能」は、独自フォーマット「XAvatar」に対応した素体と「XWear」に対応した衣装を、高い自由度で組み合わせることを可能にする。自動フィッティング機能やメッシュ削除機能、ブレンドシェイプの調整など、これまでUnityで行っていた作業をユーザーフレンドリーなUIであるVRoid Studioで実現させている。

「XWear・着せ替え機能」画面

 この革新的な機能は、「対応衣装」という概念を解消し、アバターファッションの世界に大きな変革をもたらす可能性を秘めている。しかし、その実現には、BOOTHのアバタークリエイター/衣装クリエイター双方が新フォーマットに対応していく必要がある。

 ピクシブは、なぜこの挑戦的な機能を実装し、エコシステムの変革を目指すのか。VRoidとBOOTHという2つの異なるアバターファッション文化の統合も視野に入れているのか。VRoid、BOOTHの立上げにも関わった、ピクシブ株式会社・VP of Productのnorioさんに話を伺った。

VRoidとVRChatの間に感じた「壁」

――まず、VRoid StudioがBOOTHアバターの「XWear・着せ替え機能」を実装した背景を教えてください。

norio 大きく分けて、4つあります。まず、VRoidユーザーとVRChatユーザーとの間にある「壁」の存在が挙げられます。現時点でも、VRoidで作ったアバターをVRChatに持ち込んで遊んでいるクリエイター、ユーザーはいますし、海外ではVTuberや配信者用途でより浸透しているとも感じていますが、日本国内においては「VRChatとは別物だよね」といった印象が強いです。そこに、大きな課題感がありました。

 2つ目に、BOOTHとして抱えている「人気のアバターに多くの対応衣装が集中してしまっている」という課題が挙げられます。「せっかく購入しても、着せ替える衣装がない」「非対応衣装を自分でどうにか着せ替えるのは面倒だ」と考えてしまい、アバターの購入に踏みきれない……そうしたことで困っているユーザーの存在が、BOOTHの状況や、ヒアリングなどで明らかになりました。そしてこれは、クリエイターにとってもよろしくない状況です。せっかく気に入ってもらえたアバターが、対応衣装の数が原因で買われないのって、すごくもったいないですよね。

 3つ目は、アバターの衣装を着せ替えるということ自体がハードルの高いものであり続けている点です。日々素晴らしいツールがオープンソースや無料商品として公開されて、状況は改善されていますが、それなりのリテラシーは求められます。そこももったいないな、もっと気軽に楽しめるようになればいいのにな、と思ったことも開発のきっかけになっています。

 そして最後の理由は、VRChatを楽しんでいるユーザーに、VRMのエコシステムをもっと気軽に活用してほしいと考えたからです。VRMがあれば、3Dアバターをもっといろんなことに活用できるのに、いろんな人の話を聞いてみると「VRMはよくわからないです」とか「VRMにするのすごく難しそう」という声をよく聞きます。このあたりの問題を一気に解決すべきと考え、そのためにVRoid Studioを進化させようと思い至った次第です。

――それぞれの開発背景を深掘りしていければと思います。まず、VRoidとVRChatのユーザー間に感じる「壁」について、詳しくお聞きしてもよろしいでしょうか。

norio VRoidは当初、イラストレーターに向けたプロダクトとして展開しました。なので、テクスチャや絵を描く力によって、多彩な表現ができるようになっています。

VRoidアバターの一例

norio その反面、VRoidアバターは立体感が少ないです。もちろん、影などをつけることによって立体っぽく見せることはできますが、特に衣装などは立体的なオブジェクトではありません。VTuberやゲームキャラクターであれば、最終出力は「ディスプレイに映る2D」なので違和感は少ないのですが、立体的に表示されるVRでは違和感が生じてしまいます。

 VRoidに求められる表現力と、VRChatに求められる表現力が若干異なる点が、VRChatとVRoidの間に立ちはだかる「壁」として大きい要素だと思います。これを取り払いたいです。

取材時のnorio氏のアバター

――本日、norioさんが使われてるアバターも、よく見るとVRoidアバターですね。その上にVRChat向け衣装を着用していますが、そのためかパッと見ではVRoidと気が付きませんでした。「XWear・着せ替え機能」を使えば、BOOTHに販売されているVRChat向けアバター用の衣装を、VRoidアバターに着せることもできるのですね。

norio その通りです。VRoidは衣装こそテンプレート素材をベースにテクスチャで表現した平面の3Dモデルですが、素体や髪などは立体的に表現できています。「XWear・着せ替え機能」を活用すれば、VRoidにもフルスクラッチの衣装を着せられるようになり、VRoidの表現の幅も広がります。これも狙いの一つです。

XAvatarが解決したい「対応衣装格差」

Unity上でアバターの着せ替えをしている画面。基本的には、アバターの体型に合わせた「対応衣装」を重ねていく

――「対応衣装」は、BOOTHで販売されているアバターそれぞれの素体に合わせ、形状等を調整した3D衣装を指す概念です。BOOTH側の意図で生まれたものではなく、自然発生したものだと思いますが、これにはどのような課題感を抱いていますか?

norio アバターはどんどん新しく生まれていますし、生まれていくべきだと思います。しかし、フルスクラッチのアバターはそれぞれ体型が異なるので、それぞれに合わせて衣装形状を調整しないといけません。ですが、無限に対応していくというのは不可能です。

 なので現状は「対応衣装」というかたちが採用されていますが、それによって一部のアバターにばかり衣装が集中してしまう構造的問題が生じています。結果、先ほども述べた通り、「使いたいと思ったアバターが対応衣装が少ないので使いにくい」とユーザーに思わせてしまうし、クリエイターにとっても、初めて制作したアバターが対応衣装の少なさが理由で購入されない、といったことが起こってしまいます。

 もっといろんな人が、いろんなアバターを、いろんな衣装で楽しみ続けられる状況でないと、どこかで市場全体が頭打ちになり、最終的に縮小する可能性があります。そうなってしまえば、クリエイターにもユーザーにも良くないし、ピクシブにとっても困るため、解決していくべきだと考えました。

――「XWear・着せ替え機能」はどの程度、対応衣装を代替しようとしているのでしょうか。XAvatar/XWearが普及すれば、衣装クリエイターは対応データを作らなくてよくなるところまで目指しているのか、それとも棲み分けていくのかで言えば、どちらでしょう?

norio 棲み分けをイメージしています。対応衣装の必要性は失われないと思います。「このアバターにはこう着せてほしい」という、衣装を作っている人たちの公式見解をそのまま享受できますし、衣装を良く魅せられるやり方を一番知っているのは、作者自身だと思うので。

――現状は、「XWear・着せ替え機能」を試したいユーザーが、XAvatar/XWearにデータを変換、エクスポートしてVRoid Studioに持ち込む流れですが、将来的にはクリエイター自身がXAvatar/XWear形式のデータをBOOTHで同梱する形を推奨するのでしょうか?

norio そうですね。可能な限り対応していただけたら嬉しいです。ただし、現状ではどうしても管理するデータが増えるので、強制はできないと考えています。

 僕らとしては、「XAvatar/XWearに対応していた方が、より手にとってもらいやすくなる」状況をいち早く実現させたいと思います。

――クリエイターがXAvatar/XWear形式のファイルを作るのは、現状ユーザーが同様のセットアップを行う場合と同じ作業になるのでしょうか?

norio はい。逆に言えば、それだけで済むようになっています。一度試すまでは若干面倒くさいかなと思われるかもしれませんが、実際やっていただくと、1分くらいで終わる作業ではあります。

――現状、「XWear・着せ替え機能」の課題や、Unity上で非対応衣装を着せる際との違いや制約はあるのでしょうか?例えば、シェーダーはVRMだとMToonしか対応していなかったと思いますが、「XWear・着せ替え機能」ではどうなりますか?

liltoon採用アバターのUnity、VRoid Studio表示比較(サンプル「しなの」)

norio シェーダーに関して言えば、lilToonを使用している場合は、Unityと同様にプレビューされます。それ以外のシェーダーの場合は、VRoid Studio上のプレビューではlilToonに置き換えられます。しかし、再度エクスポートして、Unityに戻した際には元のシェーダーが復元されます。

 また、PhysBoneはVRMのSpringBoneに自動変換されたものを表示します。若干挙動が変わってしまったり、PhysBoneにあってSpringBoneにない機能などはプレビューできなかったりします。とはいえ、XAvatar/XWearは、Unityで行った設定内容をなるべく保持し、VRoid Studioに持っていってから、Unityに戻した際に復元できるようになっているので、アップロード時には問題ありません。

 しかし、サードパーティの拡張コンポーネントに現状は対応できていません。ギミックや、僕らが把握できていないコンポーネントなどは再設定が必要です。将来的には、これらも柔軟に対応できるように、たとえばXAvatar/XWear対応のコンポーネントをユーザー側でも拡張できるようにするなど、仕組みを提供していきたいと考えています。

さまざまなものをクロスさせ、垣根を超えていく

――XAvatar/XWearを普及させていくためのロードマップはあるのでしょうか。

norio やはり、皆さんがよく思うのは「結局、Unityを使うのであれば、最初からUnityでいいじゃないか」だと思います。実際、Unityをすでに使えている、使いこなしている方からすると、もしかしたら現状の「XWear・着せ替え機能」を使う理由はないのかもしれません。

 一方で、これから着せ替えにチャレンジしてみたい、今までやったことがなくUnityもわからない方からすると、便利なものであるはずです。僕らが目指しているのは、「Unityで着せ替えることはできるけど、VRoid Studioの方が圧倒的に楽だよね」と評価してもらえる状態です。まだ詳細は言えませんが、そこまで至るための道筋はすでに立っていて、あとは必要な機能を実装していく状況ではあります。

 あとは、BOOTHとの連携はどんどん強化していこうと思っています。BOOTHもVRoidも両方僕が立ち上げたプロジェクトですし、同じピクシブのプロダクトなので、もっと連携していくべきだと考えています。

――具体的にはBOOTHとはどのような連携を想定していますか?

norio 現状では未定なところも多いのですが、たとえば、BOOTHでアバターや衣装を購入したら、わざわざデータをダウンロードせずに直接VRoid Studioでそのまま購入したXAvatar/XWearデータをロードできる、といったことは可能かもしれません。また、XAvatar/XWear対応商品の見つけやすさや、データ管理のしやすさは、連携という面からも抜本的解決をしたいと考えています。

 あとは、最初にも述べましたが、VRChatユーザーに、VRMのエコシステムももっと活用してほしいですね。VRoid Studioで着せ替えたアバターは、そのままVRM出力もできます。

VRoid Hub。VRMアバターをアップロード・公開するだけでなく、連携サービスが簡単に読み込むことができる。

norio VRoid Hubにアップロードしてもらえれば、VRoidSDKが導入されたアプリケーションで、簡単に呼び出せるようになり、VRChatで使っているアバターで格闘ゲームができたり、オンラインRPGができたりと、いろんな楽しみ方が生まれます。VRMは、先日Khronos Groupとの声明で、Khronos glTFの拡張機能に統合していくと発表されましたが(参考リンク)、国際標準フォーマットの一部となれば、もっといろんなところで活用されていくはずです。

 最後に、XAvatar/XWearの読み方は「エックスアバター/エックスウェア」でも、「クロスアバター/クロスウェア」でも構わないのですが、我々は「クロスアバター/クロスウェア」と呼んでいます。なぜなら、さまざまなものを”クロス”させて、垣根をなくしていくソリューションが、「XWear・着せ替え機能」とXAvatar/XWearだからです。このソリューションを通して、VRoid Studioがもっと使われるものになっていけば嬉しいですし、クリエイターやユーザーにとっても自由度、表現力、楽しみ方が何倍にも増していくような未来を目指していきます。

――より幅広いアバターの可能性が生まれていくことを期待します。本日はありがとうございました!

ABOUT US
アシュトン「メタカル最前線」初代編集長
2021年3月より「VRChat」はじめソーシャルVR/メタバースの魅力を発信するメタバースライターとして活動。週100時間以上仮想空間で生活する「メタバース住人」として、AbemaTV「ABEMA PRIME」、関西テレビ「報道ランナー」、TBS「サンデー・ジャポン」ほか多くのメディア取材を受ける。2022年4月に「メタカル最前線」を創刊。