9月24日、ボーカルのビビ、キーボードのシェル、ベースのディズら3名からなるVRバンド「PHAZE」の呼びかけにより、全4組の「VRChat音楽勢」アーティストたちと、約180名の観客が、下北沢にあるライブハウス「下北沢ERA」に集結した。
リアルライブイベント「VARTISTs」。コロナ禍も明け、DJイベントや大規模オフ会など、リアルを開催地とするバーチャルゆかりのイベントが今年に入り、増えてきている。今年7月26日に発表された同イベントは、発表後すぐにチケットが予約完売し、VRChatの音楽界隈を中心に大きな話題を呼んでいた。
「リアルアバター」「リアルライブ会場」でのVRChat発イベントという、異色な開催形態。”知らない顔から知ってる声がする”不思議な体験、そしてなにより、遅延が全くないコール&レスポンスに、身体中で浴びる音と熱気。約200人のバーチャルの民が下北沢に生み出した会場の熱狂を現場からお伝えしていきたい。
”VRChat音楽勢”の繋がりを感じる VRインストユニット「StrollZ」
まず1組目の出演者は、VRインストユニットの「StrollZ」。サックスのざっくと、サックス&ピアノのしあのの2人で活動しているユニットだが、今回はサポートメンバーとしてさらにドラムのジャンクと、後にJOHNNY HENRYとしても出演を控えているベースのMoiriも駆けつけた。
ちなみに、今回の「箱」となる下北沢ERAのキャパは、スタンディングで200人。VRChatだと間違いなく4~6インスタンスくらいが必要な規模だが、リアルイベントのため200人集まっても当然、視界がカクついたり、音の処理が遅れるようなことはない。しかし、このスペースに200人。会場はかなり密集したザ・ライブハウスといった具合の満員状態になっていた。
1曲目は、「霧ノ帳」。今年4月に音系・メディアミックス同人即売会「M3-2023春」にて配布されたミニアルバム「白露縁~shira tsuyuno en~」においても、1曲目に収録されている同楽曲は、アップテンポなピアノから入り、そこから軽やかなサックスのメロディに開けるオープニング曲のような印象を与える楽曲だ。
また、インスト曲ということもあり、「音」の響きが強く感じられた。というのも、普段VRChat上で開催されている音楽イベントでは、当然のことながらVRゴーグルやそこに接続するイヤホンなどから音を聞くわけだ。そこでは、確かにクリアに音が聞こえるかもしれないが、身体の触感で伝わる「音の響き」というものは感じにくい。手元に持っていたスミノフアイスのボトルに伝わる音響の揺れを感じたとき、「おぉ、ほんとうにリアルのライブイベントだぞ!」と実感をもって感動した。
続く2曲目、3曲目はなんと今回のイベントで初お披露目となるオリジナル新曲だ。中でも2曲目の「ランバリオン」は、今回イベントスタッフとしても関わっているSUSABIさんによる作曲。SUSABIさんといえば、元「YSS」メンバーでもあり、VRChat音楽界隈のメッカのひとつと言っても過言ではないオープンマイクバー「VR SpotLightTalks(通称:SLT)」をはじめ、神楽殿「玉響」や、VRミュージックデュオ「AMOKA」、VRバンド「JOHNNY HENRY」などのスタッフも行うなど精力的に活動しているVRミュージシャンだ。
4曲目は、そんな「SLT」で知り合ったという音楽パフォーマー・Ambientflowくうによる「星」をStrollZバージョンで披露。VRChat音楽コミュニティの横のつながりを感じる選曲という印象を受けた。
MC中、しあのさんが言っていた「知らない顔から知ってる声がする」というセリフ、そして「今日は身内だけが集まっている」という発言。お互い現実世界では初めましてかもしれないけれど、VRChatではどこか近いところにいて、知り合いだったりすれ違っていたり、名前を聞いたら知っていたりする。住んでる場所も生活もバラバラのはずなのに、「VRChat音楽コミュニティに少しなりともゆかりがある」という点では距離が近い。そんな”身内”だけで、下北沢のライブハウス200人のキャパを埋めてしまった。これは本当にすごいことが起きたな、と改めて感じる。
- 霧ノ帳
- ランバリオン
- 雨後~ame nochi~
- 「星」StrollZ flow
- 夏手帳
ブチあがれ!ヒップホップの魅力を伝えに来た「CROWK」
2組目は、メタカル最前線でも度々取り上げてきたVRヒップホップユニットの「CROWK」。あざらしキングのCROTCHETと、2018年から続くサイファーコミュニティ「C3」の主宰としての顔も持つVRラッパーのWisKの2人からなるユニットだ。
なんといっても、魅力的なのがその楽曲のクオリティと勢いの激しさ。バーチャルでも「ライブ映え」間違いなしの2人による初の「リアルライブ」。先述の「C3」関係者やVRヒップホップライブ「Grenade」の常連なども前列に参戦し、開幕と同時に一気に声が上がる。それに合わせて会場の熱気もどんどんと上昇していく。
1曲目は「Mappa!!」。「CROWKを知ってる奴らは右手挙げろ!!知らない奴らは両手挙げろ!!!」と観客に発破をかけ、会場もそれに呼応し、前列から後列まで大きく手を前後に揺らす。
実は、CROWKはこれまで度々「リアルライブ」をひとつの夢として語っており、MC中にWisKさんはそんな背景に触れつつ「思ったよりも早く叶っちゃいましたね」と話す場面も。物販にて頒布した限定盤アルバムの選曲に則る形で、「Rule Chek」「嗤ゥせぇるすまん」「CROWK PARTY」と次々に楽曲を披露していく。
CROWKは、これまでVRChatでの音楽イベント経験は数多く、さらに「秋葉原エンタス」などリアルのライブハウスにも「アバター出演」の経験は何度かあった。筆者も何度か現場に居合わせたことがあるが、その時から、とにかく特にWisKさんのマイクパフォーマンスが上手く、観客を煽り盛り上げるのが上手な印象があったが、今回の「初リアルライブ」でもその煽りが存分に炸裂する。
しかも、リアルライブなら演者同士はもちろん、観客同士、さらに演者-観客間も当然の事ながら遅延がゼロ!まさに会場全体が一体となったコール&レスポンスに、会場は沸騰状態だ。
中でも5曲目に披露された「THE BLACK TRAIN」は、ライブのために作られたとのこと。サビの「COME ON THIS IS BLACK TRAIN」に会場全体で呼応し、レスポンスと縦揺れ。この一体感と熱気と揺れは、まさにリアルイベントだからこそ出せるもので、CROWKの、そしてVR音楽ファンの夢が叶った瞬間だっただろう。
ちなみに、7曲目の「月面飛行」では、VRChatにもゆかりあるバーチャルシンガーの潮成実がサプライズ出演。今回は録音にて声だけの出演だったが、驚きの声が上がった。最後は「END ROLL」でおしゃれに締めくくり、後のJOHNNY HENRYへと繋いでいく。
- Mappa!!
- Rule Check
- 嗤ゥせぇるすまん
- CROWK PARTY
- THE BLACK TRAIN
- SUMMER WAVE
- 月面飛行
- END ROLL
リアルイベントは3回目 安定感あるJOHNNY HENRY
「JOHNNY HENRY」は、VRで活動するバーチャルブルースロックバンド。印象的に割れたアゴと黒のグラサンにスーツという強面のアバターで知られるYAMADA(通称:アニキ)と、ギターの藍葉じるあ、StrollZの際にも出演したベースのMoiri、そしてこちらもまた”あの”宇宙人を連想させるようなエビの頭が印象的なドラマーのYuki Hataの4名で構成される。
中でもボーカル&ハーモニカのYAMADAさんに関しては、昨年2022年11月に放送されたNHKのドキュメンタリー番組「100カメ」でのメタバース特集にて、1人の自室でVRゴーグルを被ったまま、VRの世界では大勢の観客に囲まれてライブパフォーマンスをする様子を見かけた読者もいるだろう。
実は、JOHNNY HENRYは今回がリアルライブとしては3回目。さらに日ごろからまさに「下北沢にあるとあるライブハウス」という設定のVRChatライブハウス「AWAKE」をホームに活動をしているなど、もしかすると一番ライブハウス慣れしている出演者だったかもしれない。
1曲目の「Over the Wall」は、1stアルバム「JOHNNY HENRY’S FREAK SHOW」からの選出。「壁を越えた歌は 必ず誰かに届いて 忘れた頃に目を覚ますだろう 中指を立てて」と最初の歌詞を歌ったところで、ひとつ前のCROWKからは打って変わってレトロなロックバンドの雰囲気に変わり、そこからYAMADAのハーモニカに続いたところで、一気に会場の雰囲気がJOHNNY HENRYのモノになる。
ここで着目したいのが、ジョニヘメンバーたちの服装。YAMADAのアニキは、しっかりと黒のスーツに黒のグラサンをかけてきているし、何よりYuki Hataさんはあのエビの被りものをして、アバターを完全再現している。そのままドラムをたたいているのだから驚いた。
演奏中特に印象に残っているのが、とにかく終始YAMADAさんがノリノリなところ。ギターのパートにいったら、大振りに腕を回して、藍葉じるあさんを引き立たせるし、歌詞に合わせてちゃんと中指も立てているし、観客にマイクを向けたりと、とにかく楽しんでいる姿が伝わってくる。
4曲目「Only You」では、演奏前に一言。「いつもはJOHNNY HENRYのライブは楽しみ方は自由だと言っています。だけど、今日はみんなでコール&レスポンスをやりたい」。サビの「お前だけさ (Only You) お前だけ (Only You) お前だけが (Only You)お前だけに (Only You)」の部分のコール&レスポンスをまずはみんなで練習して、そこから演奏に入るという、まさによくライブでよくある光景がみられる。
最後の楽曲「愛にすべてを」では、歌唱中「いまここで 下北沢ERAのみんなと この瞬間切り取ったなら」とライブアレンジが入り、会場が沸く場面も。サビでは会場中から「愛にすべてを」の大合唱が起き、まさに会場200人全体が一体となり、トリのPHAZEへと繋いだ。
- Over The Wall
- Too Late
- 白鯨
- Only You
- Paint it Blue
- 愛にすべてを
ボーカル・ビビはドイツから来日!? トリは主催のPHAZE
あっという間に4組目までと進んだ今回のライブ「VARTISTs」。リアルライブを最も切に望んでいたのは、今回の主催でもあるVRバンド「PHAZE」だったに違いない。というのも、ボーカルのビビ、キーボードのシェル、ベースのディズの3人からなるこのVRバンドだが、実はボーカルのビビはドイツ在住と「住む場所も時間も異なる」まさにVRChatという場があったからこそ巡り合えたメンバーなのだ。
彼女らが出会ったのも、VRChatオープンマイクバー「SLT」だったという。VRChatで出会い、VRChatで結成され、そもそも国境をも超えたところから、日本の下北沢で、いつもバーチャルで出会っているみんなとライブをする。しかも、今回が「初オフ会」だという。ビビさんがライブ冒頭で吐露した「本当に来日してよかった」という言葉に特段の重みを感じる。
普段は、YAMAHAの「SYNCROOM」というリモート合奏サービスを通して、遠隔で生演奏をしている3人だが、日本国内同士ならいざ知らず、9000kmを超える遅延の調整はかなり苦心している部分だろう。それが今回は、生で、目の前で、同じ場所でライブができる。アバターと全く同じ姿のコスプレをして登場したビビさんは、通った声で全力で歌い、さらにダンスに飛び跳ねて、動き回る。全力で楽しんでいる姿が印象的だった。
1曲目は2ndシングル「PwP」。いきなりアップテンポで、展開も激しく、メロディの高低も激しい曲だが、改めて現場で聞くと、その歌唱力、演奏力の高さに驚かされる。激しく動きながら歌っていてもほとんどブレることなく、きれいに、まさに音源で聞くのと同じように歌い上げてしまう。
4曲目にはシェルさんが2021年3月に作詞作曲した「くもりぬくもり」のPHAZEバージョン。ちょうど昨年末にメタカル最前線にて主催した音楽イベント「年越しメタバース」において、バーチャルアイドルの「Elfa」さんがカバーした際に、シェルさんが思い入れが深い曲だと語っていたことがふと頭によぎった。
そして、最後に1stシングルの「Mx. Black Box」を歌い切ったところで、大盛り上がりの内に会場は幕を閉じた。
かと思いきや、会場のあちらこちらから「アンコール」の声が。徐々に大きくなっていき、会場全体から「アンコール」が響き渡ったところで、一度は退場したPHAZEが再登場。一体何を歌うのか……とワクワクしていたところに、椎名林檎の名曲「長く短い祭」のカバーが披露される。
まさに、夏も終わりに差し掛かる今の時期にピッタリな楽曲だが、ただそれだけではない。この「長く短い祭り」のカバーは、PHAZEが一番最初に3人でリリースした音源でもあるのだ。
今回、トリを務めたPHAZEは、新しい楽曲から思い入れのある楽曲、さらにはアンコールに一番最初にリリースした楽曲まで、満遍なく提出された形となり、まさに2021年末から活動を始めたPHAZEの約1年半強の軌跡をたどるようなセットリストになっていたと思う。
- PwP
- Creamy Criminal
- 夏に凪ぐ
- くもりぬくもり
- abyss
- 未来遺書
- Dangling
- Mx.BlackBox
- encore. 長く短い祭
VRChatで出会い、VRChatで結成され、VRChatで活動してきた。そんなバーチャルにゆかりのある4組のアーティストと、彼らがVRChatで築いてきた友達の輪、ファンの輪が下北沢ERAに集結した。VRChat音楽シーンのひとつの結節点として、今後も語り継がれるイベントになったと思う。バーチャルの民の力で、キャパ200人のライブハウスを超満員にできる。そんな実績作りになった今回のリアルライブイベント「VARTISTs」。振り返ったときに「ここから何かが始まった」そう言える日が来そうなイベントだと感じた。
●参考リンク
・PHAZE(Twitter、YouTube)
・StrollZ(Twitter、BOOTH)
・CROWK(Twitter、YouTube)
・JOHNNY HENRY(Twitter、YouTube)