「10年愛されるワールドを作ろう」を目標に。BEAMSとカデシュ・プロジェクトはどのように「TOKYO MOOD by BEAMS」を作るに至ったか

撮影用ワールドとは勝手が違った今回のワールド制作

──普段の撮影用のワールド作りと今回のワールド制作で、苦労した点や勝手が違うなと思った点はありましたか。

だめがね ワールドの端をどう処理するか考えましたね。撮影セットだと隠せばいいですし、そもそも映さなければ問題ありません。しかしワールドとしては、行きたいと思う場所へ行けないと、ユーザーの印象が「自由度がない」になってしまいます。なのでワールドの端っこは「存在するけれど行きたいとは思わない程度の目に留まらない存在感」にしないといけません。

ワールドの端にある工事がされている場所

──オープンワールドのゲームでもマップの端っこは色々工夫されていますよね。しかも、室内のような密室や公園のような出入り口みたいな区切りがあればいいのですが、街中だと難しいですよね。どのように解決しましたか?

だめがね 具体的な解決策は「川」でした。川があれば本能的にそこがワールドの終わりだと示せます。また川のような巨大な反射面があると、ビジュアル的にも映えやすいので置いておきたいですよね。

川沿いの風景

木下 映画制作を通じて画作りをしてきた人たちの発想ですよね。制作中もいろんな要望に対してすぐに解決策を考えて実行に移してくださいました。

──となると、ワールドが夜なのは光の反射が強調されるからなのでしょうか。

だめがね ワールドが夜なのは居心地を踏まえて考えましたね。眩しいワールドの定着率が低いのもあって、初期の段階で夜の街に決定しました。

木下 最初は洋服がきれいに撮れるようにするためにも、明るい昼も検討していました。ですがユーザーが入るのは夜ですし、ワールドに入って仲の良い人と長く過ごしたい、明日も会いたいと思えるのは夜だと思い、夜に決定しました。写真写りの観点で不安はありましたが、ライティングで調整できるから大丈夫だと自信を持っていらっしゃいましたし、実際にカデシュのメンバーであるsumaさんがテストワールドで撮影した写真も見せていただき、安心して任せました。

──他に工夫した点はありますか。

だめがね アイデアには応えたいし、実現したい内容も他にもあったのですが、どうしてもワールドの容量を意識しないといけませんでした。そのため、ポスターなどのテクスチャ容量を減らすなどして、ワールド容量を切り詰めています。まるでボクサーの減量のようでしたが、300MBを切る形で完成できて良かったです。500MBや1GBまで使ってもいいならもっとできることはありましたが、普段使いを考えると300MBがボーダーだと思っていました。

広報板のポスターを映した写真

──ギリギリですね。1回ロードすればしばらくは問題ないですが、結局アップデートなどで読み込みはそこそこしますからね。

木下 ミーティングで新しいアイデアを出す度に、それをやるならどこ削りますか?って聞かれました……

なぜ、看板に小ネタが仕込まれているのか

──テクスチャ周りにも繋がりますが、看板やポスターなどの小ネタがすごい仕込まれていますよね。全部に小ネタが仕込まれているんじゃないかと思わせるぐらいあって、逆に辛くないのかなと思いました。

だめがね ちゃんとした理由が2つあります。1つはメンバーの名前を入れてモチベーションを上げるためですね。もう1つは、実在の店舗と名前が被るとトラブルの原因になりかねないので存在しない名前にするためです。

料理店の看板
カデシュメンバーのALDLA(あるどら)さんが元ネタ


だめがね ワールドを作るうえでBEAMSにも迷惑をかけないためにも、店舗の名前についてトラブルや法的なリスクがないか調べていました。結果的に心配ないとわかったのですが、懸念はそれだけではありません。

SNS上で店舗名の前に集まってくださいと言われたときに、もしも実在する店舗と被っているとトラブルになりかねないわけですね。全然関係ない内容が検索結果に表示されて店舗側からクレームが来るかもしれません。なのでメンバーのハンドルネームをもじることで被らないようにしました。

その上で調べるなどして確認はしてあります。それにメンバーにも個人のファンがついていますので、ファンサービスなのももちろんあります。

中田らりるれろのネタが入った看板

──今回の看板やポスター類は、カデシュ・プロジェクトの小ネタではなく、カデシュ・プロジェクトを作った人たちによる小ネタなわけですね。

だめがね 隠れカデシュ的な感じですね。このワールドはカデシュ・プロジェクトの映像作品に使ってもいいとBEAMS側から許可を得ているので、今後作るときに馴染むようにしたのもあります。それに架空のメーカーを0から考えるのも時間が掛かりますので、既存の世界観を借りることで制作期間を短縮した側面もあります。

ロゴを映した写真
カデシュの世界に登場する企業が作っている設定であることが分かる


木下 だめがねさんが小ネタについて言及しているのを聞いて、私も初めて知ることばかりで楽しかったです。

だめがね こういったコンテンツを楽しんでくれるのは、自分ごとだと思ってくれる人でもあるので、自分の友だちが関わった痕跡があると波及していくのはやっぱりありますね。

木下 街の中の細かなパーツのデザインまでも考えを巡らせて作ってくださって、驚きました。想像を絶する大変さですよね。

だめがね 枚数が今回多くて大変だったので、自分たちでなんとかするしかなかったです。とても外部にお願いできる状況ではありませんでした。一方で街やバーの名前に関してはBEAMSに由来があるようにしています。今回はあくまでもBEAMSを主としたワールドなのでバランスを大切にしました。

電柱の看板

──渋谷の地名が出てきたのも、BEAMSの店舗が多く集まる原宿に由来しているのでしょうか。

だめがね 店舗周辺の雰囲気作りとして拾ってきましたね。ワールド内にグラフィティを採用したのも、同様の理由です。

ワールド入口にあるグラフィティアート

だめがね 東京の中でもどの地域の雰囲気を拾うかは、店舗の作りを含めて結構悩んだポイントですね。BEAMSの店舗も新宿のような小綺麗な雰囲気と渋谷のようなストリートな雰囲気でカラーが分かれているので、街に馴染みやすいのはどちらかを考えました。

初期はストリートのイメージが優勢だったのですが、結果的には小綺麗な作りに落ち着きました。店舗の位置が雑然としたエリアと小綺麗なエリアの境界という設定だったので、店舗はクリーンな作りで正解だったと思います。

実際に通電できる電柱を作った?メンバーによるこだわりの街作り

──今回のワールド制作に関しては、クレジットから察するにシェーダー類やインフラ的なギミック、アバター類以外はフルスクラッチで作っていますよね。

アセット類の書かれたクレジット

だめがね その通りです。エンジニアリングを担当したムシコロリさんの名誉のためにも話しておきますが、動画プレイヤー類に関しても作ろうと思えば作れたと思います。ただ、動画プレイヤーやペンに関しては、独自のものを作るよりも普段から慣れ親しんだもののほうが、ユーザーフレンドリーですよね。なので既存のものを採用しました。

アセットに関しても権利周りがクリアであれば問題ないと思っていますので。世界観を損なわない範囲で、これまでにカデシュが作って使っていたアセット類をここでも使っています。

カデシュ作品に繋がりがある消毒機
カデシュ作品のゲームワールドに登場しているものを使っている


木下 「権利的に複雑になると思うので、基本的には全部作ります」って言われたときは驚きましたね。

だめがね 後はワールドのどの部分を誰に任せるか考えましたね。たとえば電柱担当のhollowさんは本業が電気関係なので、本人曰く実際に通電できる構造にしていると言っていました。

電柱の写真

──電柱のデザインは、創作で出てきているものの中には実際にはありえないものもよくあると聞きますが、ガチで作りましたか。

だめがね 本人がこだわり部分を語ってくれたのですが、正直何言っているのか分からなかったので相槌うちながら流してしまいました(笑)。でも、熱量は本物です。

──カデシュ・プロジェクトに所属している人達ってもしかしてモデリング技術を持っているのは当たり前なのかと思うぐらいに自分でモデルを作りますよね。

だめがね モデリングできないのは僕と副代表のsumaさんだけかもしれませんね。トップ2人が……(笑)。

──自分が欲しいと思ったものがなければ、作ればいいじゃないと考える人達の集まりかもしれませんね。出来上がったものも、やっぱりこだわりの強い人達の集まりだから、吸い殻入れ1つでもタバコが捨てられていて作り込んでいますよね。

だめがね しかも床にはカップ容器のモデルを別の場所から持ってきて、わざわざタバコを突っ込んで置いてありますね。

灰殻入れ
カップとその中にタバコが詰まっている

だめがね あとは、スタッフの共通認識として、街を作るうえでストーリーを重視しました。やっぱり街は無から生えてこないですから。

──今はいなくても、普段は人がいるはずですしね。

だめがね NPCを置くことを検討しましたが、最終的には、入れない店舗に近付くと人の声が聞こえてくる形にしましたね。

木下 人の話し声で人のいる気配を演出しますと言われたときも、驚きましたね。

だめがね 音も音響担当のくっしーEXさんがフィールドレコーディングにこだわりがあるので、現場で取材してきましたね。中華料理店なら中華料理店に許可を取って料理食べながら録音してきたらしいです。メンバーのみんながだめがねのこだわりに付き合うのが大変だって言うけども、僕だってメンバーたちのこだわりに付き合うのが大変です。

──(笑)『掌』のときにセミの声が地域によって異なるから、実際に神戸まで行った話を思い出しますね……

だめがね 同人作品だからできることではあります。こだわっても怒られないですから。