VRC〈ブイチャ〉で映画を撮る前に… 【第2回】 “オリジナリティ”の呪いを解こう

映画プロダクション「カデシュ・プロジェクト」代表のだめがねさんのVRChat映画制作するために必要なことをまとめた連載企画。第2回では、作品を作る前に必要な「リファレンス集め」について語っています。

2.映像作品作りの前に――リファレンスを集める 

VRChat における映像制作のノウハウをお伝えすることを目的として筆をとったこのコラム。第 1 回では、映画制作において最も重要なのは情熱=強いコンセプトを持てるかどうかだということをお伝えしました。前置きが終わり、いよいよ具体的な映像制作の話が読める…と期待された方には申し訳ないですが、もうしばらく精神論が続きます。映像を制作する前にひとつ、みなさんに掛かった呪いを解いておかないといけないからです。オリジナリティの呪いです。

あまりにも多くの人が口にするためやや陳腐に聞こえるようになってしまいましたが、それでもやはりこう言わざるを得ません。この世にオリジナリティなどというものは存在しません。より正確に言うなら、「まだ見ぬ全く新しいものをゼロから生み出す」という意味でのオリジナリティは存在しません。オリジナリティとは「過去の良いものを忘れられたころに真似る力」あるいは「良いものと良いものを合体させる力」です。つまり、模倣こそがオリジナリティの源泉です。

しかし、1つのものから模倣すれば観客はすぐにそれを看破しますし、場合によっては剽窃にあたります。一方で、模倣の数が多く、なおかつ一見した作品の雰囲気から遠いものから模倣するほど観客の目には目新しく映ります。従ってオリジナリティの有無は、自分が目指すコンセプトに当てはまる類似作品をどれぐらい知っているかで決まります。これが映像作品を作るうえで重要な事前準備の2つ目、「リファレンス(資料)集め」です。

既に映像制作の経験がある方からすれば、この工程をコンセプト決定の次の段階に置くのは議論の余地があると思います。なぜなら、ほとんどの場合映画の企画は脚本ないしプロットを起点として制作を開始するからです。具体的なリファレンス探しは、その後にやることの方が多いでしょう。しかし、これまでに映像制作を志したものの残念ながら挫折してしまった方のお話を伺っていて、技術的な理由として最も多かったのは「脚本が書けなかった」というケースでした。

そしてその背景を紐解いていくと、他ならぬ本人が自分の作品のことをよく分かっていない場合が非常に多かったのです。つまり、コンセプトはあっても完成した自分の作品に対するイメージが乏しく、作品がどのような雰囲気をまとい、どのようなビジュアルになり、どういう観客に受容されるかがイメージできていません。 

創作分野において「●●に似ている」という感想は嫌がられることが多いですが、観客に観てもらうことが前提の映像作品において、既存の作品に全くたとえることができない作品というのはむしろ問題があります。自分が観客の立場になったとき、テーマも雰囲気も俳優もまるで分からない作品を観に行きたいと思うでしょうか?誰しも、「前に観て気に入ったあの作品に似ているから、これも好きになれるかもしれない」といった動機で作品を鑑賞するはずです。

であれば、自分が撮りたい作品のイメージをしっかり固め、そのジャンルやテーマを連想させる要素を作品の随所にちりばめていった方が観客に観てもらいやすくなることが想像できると思います。逆に、イメージのストックが少ないと、脚本執筆が難航し、画面構成は単調になり、全体的にしぼんだ作品になってしまいます。 

例えば、今あなたが既に主人公に据えたいキャラクターを作り上げているとします。その主人公に最適な登場シーンをすぐにイメージできるでしょうか?台詞は?ライティングは?

どうすれば自分の表現したいものを最も的確に観客に届けることができるのか…これまでに少なくない数の映像作品を撮ってきましたが、私も未だに苦労します。それゆえに、リファレンス集めが非常に重要なのです。創作は持っているカードでの勝負です。であれば、事前にたくさんカードを引いておきましょう。 

(1)リファレンスは「感情」と「絵」でリストアップする 

とはいえ、資料集めに割ける時間も無限ではありません。特にこれを読んでいらっしゃる方は、専業の映像作家ではなく趣味として映像制作を目指している方が多いでしょう。そうなると、闇雲に資料を集めていては却って作品の完成が遠のいてしまいます。限られた時間で栄養価の高い資料を集めるうえで大事なポイントは、「感情」と「絵」で類似作品を整理することです。感情でのリファレンス探しは脚本執筆の際に、絵でのリファレンス探しはその後の具体的な撮影の際に役立ちます。ここで有用なリファレンスをたくさん集められれば集められるほど、後の工程がスムーズに進み、企画が成功する可能性が高まります。 

(2)感情からリファレンスを探すには 

感情でリファレンスを探す目的は、脚本執筆や撮影にあたって演出面のストックを作ることです。人材豊富なプロの制作環境(特に日本映画界)では脚本と演出は別の人間が担当することが多いですが、VRChatでの映画制作はどのスタジオも一般の映画と比べれば遥かに少人数です。プロデューサー、監督、脚本、演出あたりは兼任する場合が多いでしょう。そのため、これも映像の企画者が持っておくべきスキルとしてご紹介しています。 

さて、映像作品というのは、様々な切り口でラベリングすることができます。俳優、ジャンル、上映時間、音楽等々…その中で、感情をリファレンス探しの第一条件に選んだのには理由があります。それは、物語=ドラマの本質は「感情が変化する流れ」を描くことだからです。後の脚本の項でも触れますが、大抵の主人公は満ち足りない何かがあり、それを得るべく奮闘します。その過程で様々な苦難や喜びがあり、観客はそれに感情移入をして一喜一憂します。これこそが、観客が映画(だけでなく、創作全般)に求めるものです。

私たちの現実の人生には、残念ながら大したドラマはありません。決まり切ったスケジュールで、大きなチャレンジもなく日常を送ります。そこに感情の起伏はなく、次第に退屈してきます。そんなとき、人は物語を求めます。物語とは、言うなれば日常に不足する喜怒哀楽を補うための「感情サプリ」です。良い感情の起伏を作り、的確にそれを描写できれば、より良い作品になります。それゆえ、感情を切り口にリファレンスをストックすることが重要なのです。 

映像制作において、感情とロケーション、演出、カメラワークは表裏一体です。何もない部屋で泣いている人を、ずっと真正面から映して観客に悲しさを伝えるのは難しいでしょう。

観客に悲しいと感じてもらうためには、適したシチュエーションやカメラワークがあります。また、同じ絵の作り方(カメラの置き方、動かし方)でも、音響やライティングを含めた演出で観客に与える印象は大きく変わります。例えば、「夜の港」と聞くと別れを連想する方が多いのではないでしょうか?目当ての感情を引き起こすシーンのストックを多く持っているほど具体的な脚本が執筆でき、ひいては撮影の際にも役立ちます。  

感情に基づいた具体的なシーンの探し方は色々ありますが、まずはとにかく普通に映画を鑑賞することです。ひとりの観客として、映画を楽しみましょう。本当は多ければ多いほど良いのですが、時間がなければコンセプトに似たものを中心に観てみるとよいです。そして、面白かったものはもう一度最初から観てみましょう。2度目は倍速でもいいですし、印象に残ったシーンをピックアップするだけでも構いません。

そのようにして、自分がそれぞれのシーンでどういう感情を覚えたかを考えてみてください。嬉しいシーンはどういうロケーションで起こったか?悲しいシーンは?ライティングは?人物が大きく映っていたか、引きのカメラで映していたか?そういったことを、細かにメモしていきます。「登場人物は皆笑っているのだが、観客は悲しみを覚える」といった複雑な演出がされたシーンのストックを持てると、なお良いです。筆者も頻繁に参照する、良い教材となる映画がいくつかありますので、それも併せてご紹介します。

-大きな喜び…『ロッキー』終盤(ジョン・G・アヴィルドセン監督/1976)

-忍び寄る絶望…『セブン』終盤(デヴィッド・フィンチャー監督/1995)

-裏切りと悲しみ…『シビル・ウォー:キャプテン・アメリカ』終盤(アンソニー&ジョー・ルッソ監督/2016)

-躊躇と覚悟…『アイ・アム・レジェンド』中盤、ダークシーカーと化した愛犬を主人公が

自らの手で絞め殺すシーン(フランシス・ローレンス監督/2007)

-解脱、カタルシス…『ブレードランナー』終盤(リドリー・スコット監督/1982) 

-狂気…『ノーカントリー』全編(ジョエル&イーサン・コーエン監督/2007)

-トラウマの克服…『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』終盤(ガス・ヴァン・サント監督/1997)

-葛藤…『ミリオンダラー・ベイビー』終盤(クリント・イーストウッド監督/2004)

(3)絵からリファレンスを探すには 

絵でリファレンスを見るというのは、読んで字のごとく自分の想像する作品の完成図に近いビジュアルの作品を探すということです。もっと細かくかみ砕くなら、3人が会話するシーンを撮りたいなら 3 人が会話しているシーンを、バイクに乗っているシーンが撮りたいならバイクに乗っているシーンを含む作品を探し、求める画面構成のストックを作るということです。

これらは、脚本からコンテ(映画における画面構成の設計図)を作ったり、実際に撮影をする際に役立ちます。コンテは脚本に次いで頓挫しやすいポイントであり、長期間付き合うことになる工程なので、これをスムーズに進めるためにもリファレンスを集めておきたいところです。 

ありがたいことに、映像制作における構図の取り方(フレーミング)には研究し尽くされたセオリーがあり、よく出来た映画ほどそのセオリーに則って絵作りを行っています。無限に思える画面構成のパターンが、数十パターンに収斂していくわけです。(これについても、後の回でご説明します。)

そのため、しっかり探していれば必ず自分が撮りたいビジュアルに類似したシーンを含む作品に出会えます。まずはそれをしっかりメモし、模倣してみましょう。そのうち、必ずそのまま真似していては撮れないシーンに出くわします。そういった部分を細かく調整していくことで、あなたのオリジナリティが生まれていきます。ヒントとして、筆者がよく参照する頻出シーンのリファレンス作品をいくつかご紹介します。 

-1対1の会話シーン…コーヒー&シガレッツ(ジム・ジャームッシュ監督/2003)

-複数人での会話(会議)シーン…ゴッドファーザー(フランシス・コッポラ監督/1972) 

-リアルな銃撃シーン…ヒート(マイケル・マン監督/1995) 

-ケレン味のある銃撃シーン…リベリオン(カート・ウィマー監督/2002)

-リアルな打撃シーン…ブレードランナー2049(ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督/2017) 

-ケレン味のある打撃戦シーン…キャプテン・アメリカ:ウィンターソルジャー(アンソニー&ジョー・ルッソ監督/2014)

-カーチェイスシーン…マトリックス リローデッド(ラナ&リリーウォシャウスキー監督/2003)

感情での資料集めが縦軸なら、絵作りでの資料集めは横軸です。それらを自分の中で表にしておくことで、撮りたいシーンにぴったり合致する資料を見つけやすくなります。 

(4)映画以外からもリファレンスを探そう 

もちろん、リファレンスは映画以外から探すこともできます。アニメや漫画のようにビジュアルがある作品ならば映画と同じ要領で探せますし、少し高度ですが小説などの活字を読んで受けた印象を演出に生かすこともできます。映画を観て映画を作っているだけではいずれ必ず縮小再生産に陥るので、(映画をたくさん観ることは大前提として)他ジャンルの創作物を手本にすることで更に奥深い作品を作ることができます。

もっと言えば、創作物以外の日常で得た感情はもっとも栄養価が高いリファレンスになります。そこには、あなた自身やあなたの知人が本当の感情――真のリアリティがあるからです。作品を作ると決めたその瞬間から、人生に無駄なものはありません。いろいろなものに興味を持って、どうすれば自分の作品のコンセプトに結び付くかを考えてみてください。 

(5)スタートとゴールが定まった 

ここまでで、「コンセプト」と「リファレンス」のお話をしてきました。最初にこの2つをご紹介したのは、これが作品のスタートとゴールになるからです。コンセプト──つまりあなたが映像作品を作りたいと思った理由がスタート、リファレンス──作品が完成した時のイメージがゴールです。始点と終点が定まれば、後は進むだけです。次回はいよいよ、実際にVRChatで作品を作るうえでの実作業──プロット執筆についてお話しします。

おまけ:こりゃ悔しい!のコーナー

コラムの最後に、筆者が「こりゃ悔しい!」と感じたまだ見ぬ名作VRChat映像作品をご紹介いたします。

第2回:『新入社員用研修ビデオ「現場に出る前に」』(MATUBOKK監督/2022)

第1回VRCムービーアワードのエントリー作品です。後にVRCムービーアワードで短編作品賞を受賞することになるMB HOLDINGSの初期作ですが、本作は2つの点でVRChat映画史の中で意味のある作品でした。

1つは、「VRChatそのものを題材にした」映画であるという点です。VRChat映画は、それが撮影されたVRChat自体とは無関係の物語創作が大作の大半を占め、現在に至るまでその傾向は支配的です。他ならぬ筆者自身もその潮流の典型例でありますが、これは「単にVRChatをスタジオ代わりにしているだけで、VRカルチャーの文脈がない」と批判し得ます。一方、本作はVRChat独特の文化や機能を企業研修ビデオの体裁で紹介するショートコメディであり、正しく「VRChat映画」であると評しうるものです。

2点目は、この作品が鑑賞ワールドとセットで公開された作品であるという点です。本作は、企業の研修室のような専用ワールドでの鑑賞が推奨されています。無論どこで観ても楽しめる仕上がりですが、この試みはVRChat映画の没入感という点で非常に評価できるものでした。現状のVRChat映画の多くは平面的な3DCGアニメーションの域を出ず、筆者自身の作品を含め収録環境であるVRのポテンシャルを活かしきれていない部分があります。本作は、その潮流に一石を投じるものでした。惜しくも受賞には至りませんでしたが、間違いなく名作です。是非ご覧ください。

ABOUT US
だめがね
2020年、VRChatを開始。VR空間での映像撮影に可能性を見出し、クリエイターチーム「カデシュ・プロジェクト」を結成。 同スタジオの代表を務める傍ら、デザイナーとしても活動する。映画監督としての代表作に『プロジェクト:エメス』『掌』、 アートディレクターとしての代表作にVRChatワールド『Tokyo Mood by BEAMS』がある。