VRC〈ブイチャ〉で映画を撮る前に… 【第8回】サブキャラクターを創る魔法の秘策

映画プロダクション「カデシュ・プロジェクト」代表のだめがねさんのVRChat映画制作するために必要なことをまとめた連載企画。第8回では、サブキャラクターについて紹介。

8.映像作品作りの前に――――サブキャラクターを創ろう

VRChat映画制作の前段階として、ここ数回にわたって主人公と敵キャラクターの作り方を紹介してきました。しかし、映像作品に登場するキャラクターはそれだけではありません。エキストラレベルの端役から、助演俳優賞の候補となるような名バイプレイヤーまで、映像作品は多くのサブキャラクターを必要とします。そして、当然それらのキャラクターも全て作り上げる必要があります。考えるだけでも気が遠くなる作業ですが、それはプロとて同じことです。サブキャラクターの制作においては、プロも活用している切り札となるメソッドがあります。それがストックキャラクターです。

(1)ストックキャラクターを活用する

ストックキャラクターとは要するにキャラクターのテンプレートで、ある特定の属性から連想される人間性を持ったステレオタイプなキャラクターのことです。小難しく言っていますが、要は「父親」と言えば「眼鏡、スーツ、寡黙、食卓で新聞を読んでいる」、「老人」といえば「縁側、お茶、一人称がワシ」といった具合に、ある程度誰でもそのキャラクターの属性が理解できるような造型でキャラクターを作ることを指します。

ストックキャラクターを活用する最大のメリットは、「細かい人物描写を省ける」ということです。特にVRChat映画においては、およそ20~30分程度が上映時間のボリュームゾーンになります。長くても60分程度であることを考えると、緻密な描写が出来るのは主人公ともう1キャラクター程度がせいぜいです。他のキャラクターにまでいちいち複雑な人間性を設定していては、描きたい物が散逸したぼやけた作品になってしまいます。しかし、ストックキャラクターを活用すればそういったノイズを作品から排除できます。

拙作で恐縮ですが、『プロジェクト:エメス』(だめがね監督/2021)を例に引いてみます。本作の主人公は錫嚙奈々代という人造人間の少女で、彼女のアイデンティティ形成を物語の主軸にしています。上映時間は40分あまりなので、世間一般では短編の範疇に収まります。そのうえ人造人間という架空の(説明が必要な)要素を主人公に持たせたため、他のキャラクターに割ける時間がほぼ残っていませんでした。

そこで、敵となる科学者・ヴァルターには「父親」のストックキャラクターを、味方の科学者・愛咲明日香には「母親」のストックキャラクターを持たせています。全員が人造人間の開発という1つのテーマを通じて繋がっていますし、キーとなるサブキャラクター2体はストックキャラクターを活用することで描写の手間を省いています。ヴァルターの動機は亡くなった娘を人造人間の技術で取り戻すことでしたが、これも彼が「父親」だと思って観ていれば違和感なく受け入れることができます。このように、VRChat映画は世間一般の基準よりも概ね上映時間が短いからこそ、ストックキャラクターの活用が非常に重要です。

(2)ストックキャラクターは妥協にあらず

このように紹介すると、ストックキャラクターはあたかも上映時間に押されての妥協策のように聞こえるかもしれません。特に、オリジナリティある作品作りを目指す方の中には、どうにも「ストック」という言葉に忌避感がある方もいらっしゃるでしょう。そういう場合は、こう考えてみてください。ストックキャラクターとは「テンプレーとをなぞって人物像を作る」ことではなく、「複雑なキャラクター性の中から典型的な側面だけを抜き出す」ことなのです。

引き続き、『プロジェクト:エメス』を例に取ります。本作はスター・システムを採用した連作『カデシュ・プロジェクト』の中の1作品であるため、別作品『掌』の主人公・司一がサブキャラクターとして登場します。彼は日本の暴力団の組長ですが、暴力団を取り締まる刑事を父に持ち、その父を暴力団員に殺された過去を持つ「ヤクザを憎むヤクザ」です。充分に複雑な人間性を持ったキャラクターですが、本作ではあくまでサブキャラクターです。そのため、彼のヤクザという身分に照らして最も典型的な側面である「組織のメンツを傷つけられ、激怒している」という点だけを切り取って登場させています。

ストックキャラクターを使う=オリジナリティがないというわけではないことが分かって頂けたでしょうか。また、より高度な演出として、ストックキャラクターを下敷きにして作った人物を次第に類型から脱線させることでカタルシスを演出することも可能です。

今回のコラムでイラストに使用した『ハリー・ポッター』シリーズのセブルス・スネイプなどはその典型でしょう。初めは分かりやすく嫌味で陰険な風体と演技で登場した彼は、物語が進むにつれ大変な使命を背負っているキャラクターであることが分かります。彼の典型的な悪役ぶりは、観客にそのことを気付かせないカモフラージュとして機能していました。この演出は、ステレオタイプをうまく利用していたと言えるでしょう。

いずれにせよ、VRChat映画は趣味で撮ることが多いため、とにかく制作時間の効率化が肝です。適切なタイミングで適切なメソッドを活用して、効率よく面白い作品を作っていきましょう。

(3)余談:ストックキャラクターと差別

パニック物の作品で往々にして生存者枠になる「オモシロ黒人」や、語尾が「アルよ」な中国人なども、ストックキャラクターの一種です。しかし、こういった描写は人種差別とも密接に関わっています。VRChatでは特に、日本人だけが作品を観るとは限りません。そのことを常に念頭に置いて制作を行ってください。差別を強化してしまうのは、往々にして「差別してやろう」という悪意ではなく、無知なまま無邪気に作り出された偏見です。

(4)撮影準備は残りあと4回

キャラクター造型についてのお話は、今回で終了です。撮影前に必要な事前準備についてのコーナーは、残すところ「脚本の執筆」「その他の準備」「アバターの準備」「ワールドの準備」のあと4回です。おそらく本コラムは具体的な撮影技術についてのお話を目当てに読まれている方が多いかと思いますが、映画は事前準備が命です。もう少しだけ、座学にお付き合いください。次回は、脚本の執筆についてお話しいたします。

おまけ:こりゃ悔しい!のコーナー

コラムの最後に、筆者が「こりゃ悔しい!」と感じたまだ見ぬ名作VRChat映像作品をご紹介いたします。

第8回:ZONE -EPISODE ZERO-(G線上のハッチ監督/2023)

本作は、走り屋によるカーレースを題材とした短編作品です。カースタントを高く評価され、第2回VRCムービーアワードでアクション賞を受賞しました。アクションの素晴らしさは言わずもがなですが、筆者は異なる点に注目しました。それは、画面構成への熱意です。

VRChat映画は、16:9の画面の上下に黒帯を敷いてシネスコサイズにした、いわゆる“貧乏ビスタ”のような画面構成の作品が多数を占めます。筆者の作品も、過去全てをこの形式で制作しています。ですが、本作では最初から画面をシネスコサイズで構成しています。加えて、本作は全編をQHD解像度で撮影しています。この2点が効果を発揮して、美麗で躍動感のあるカーアクションを余すところなく魅せることができています。

いずれのポイントも、決して特殊な技能が必要なものではありません。適切な機材があれば、どのスタジオでも撮影することができます。そうは言っても、筆者はついぞ画質と画面比に着目せぬまま作品を制作していました。その点で、「少しでも美しい映像を、観客へ届けたい」という信念を感じる本作は正しく「悔しい」思いをした作品でした。

ABOUT US
だめがね
2020年、VRChatを開始。VR空間での映像撮影に可能性を見出し、クリエイターチーム「カデシュ・プロジェクト」を結成。 同スタジオの代表を務める傍ら、デザイナーとしても活動する。映画監督としての代表作に『プロジェクト:エメス』『掌』、 アートディレクターとしての代表作にVRChatワールド『Tokyo Mood by BEAMS』がある。