10.映像作品作りの前に――――VRChat映画製作の準備 応用編
前回までの内容で、キャラクター、プロット、そして脚本の準備が出来ました。撮影前の準備は、もうあと一息です。今回は、脚本の後に続く準備について一挙にお話しします。はじめにお断りしておくと、今回ご紹介する内容の中には作品制作において必ずしも必須ではない工程もあります。特に、初めてVRChatで映像を制作される方は読み飛ばしても良いかも知れません。しかしながら、どれも実際の映画製作ではこれまでご紹介した工程以上に重要な準備です。既に何度かVRChatでの映像制作を経験していて、今度は多くの人が関わる作品を企画したいという方は、是非知っておいた方がよいでしょう。
(1)絵コンテを準備する
絵コンテとは、ずばり撮りたい映像をコマ送りの絵の形にしてまとめたもので、映画の設計図と呼べるものです。イラストでいう下書き、漫画におけるネーム。3Dモデルでいえばグレーモデルにあたるのがこの絵コンテです。ハリウッド映画ではストーリーボードとも呼ばれます。
絵コンテを制作する目的は主に2つあります。ひとつは、脚本をビジュアルとして具体化させることです。特に、監督・脚本・コンテを1人で担当する場合の多いVRChat映画では、自分自身のイメージを具体化し、足りない部分を知っておくためにも行った方がおい事前準備です。脚本とコンテを違うスタッフが担当する場合にも、同様に脚本において深掘りの足りない部分や映像化するうえで無理のある部分(人物の位置関係など)を明らかにする効果が期待できます。
2つ目は、演者や他のスタッフに映像の完成イメージを共有することです。第9回の脚本執筆についての回でも触れましたが、無償のプロジェクトである以上、VRChat映画に関わるスタッフは誰でも映画の完成形を知り、意見する権利があると筆者は考えます。完成形の見えない撮影はフラストレーションが溜まりトラブルを招きやすいですが、コンテには脚本同様これを防ぐ効果があります。ビジュアルを伴うぶん脚本より具体的で、映像の初心者にも意図を共有しやすいです。筆者も、スタジオ外の方に声の出演などを依頼する際は、コンテを添えての依頼を心がけています。また、もっと具体的なメリットとして、「撮影担当者に構図の指示を一目瞭然に出せる」という点も上げられます。監督と撮影者が異なる場合などは、一層コンテの重要性が高まります。むしろこれがコンテを用意する最大の理由と言っても良いかもしれません。
実際のコンテの切り方については、これも良い先例がたくさんあるので教本を紹介するに留めます。ここで重要なのは「コンテに絵心は必要ない」ということです。アニメのコンテであれば画力も影響しますが、幸いVRChat映画は3Dモデルありきのものですし、コンテを見るスタッフも気心の知れたメンバーが多く、実際の映画制作と比べればかなり小規模です。その少ないメンバーにきちんと伝わりさえすれば、作法や画力は二の次、三の次で構いません。
ストーリーボードの教科書 伝える映像の設計図(グレッグ・ダヴィッドソン 著)
(2)キャラクターデザインを準備する
この工程は、厳密には第4~8回でご紹介したキャラクター造型の一環に属する準備です。キャラクターデザインとは読んで字のごとくキャラクターをデザインすることですが、今回は外見のデザインに限ってお話をしたいと思います。
キャラクターデザインの必要性については、言うまでもありません。映画が視覚映像媒体である以上、全ての人物に外見のデザインが必要です。本来はかなりの手間が掛かる工程ですが、VRChat映画ではこの工程をかなり簡略化することができます。それは、優れたデザインのアバターや衣装が多数市販されているからです。もちろん映像への使用が規約で許可されている場合に限りますが、これらの作品を借り受けて制作ができるのも、VRChat映画の魅力のひとつです。
一方、こういった特殊な土壌ゆえに、他の方法で映像を制作する際とは異なるキャラクターデザインの方法論がVRChat映画にはあります。「アバターの選択」と「キャラクターデザインの分担」という2つの切り口でお話をしたいと思います。
まずはアバターの選択についてです。ほとんどの場合、VRChat映画のキャラクター制作においては市販のアバターを購入して使用すると思います。その際、皆さんはどういう基準でアバターを選ぶでしょうか?見た目?価格?ポリゴン数?──大抵は、作りたいキャラクターのイメージに合うアバターを選んでいると思います。これが大きなポイントです。つまり、そのキャラクターを演じる俳優自身やキャラクターそのもののイメージの他に、アバターそれ自体にも既に「キャラクターイメージ」があるのです。例えば、「まめひなた」(もち山金魚・作)を見て、即「ラスボス」をイメージする人は少ないでしょう。
VRChat映画の制作においては、このイメージを利用することもできますし、逆手にとることもできます。ストレートにキャラクターイメージとアバターイメージが合致するようにすれば、キャラクターの人となりについての描写をある程度省略できます。「桔梗(ポンデロニウム研究所・作)と、海外で無料配布されているリアルな人物アバターが並んでいる時、どちらが主人公なのか迷うことはあまりないはずです。VRChat映画は総じて上映時間が短い傾向にありますから、少しでも説明の尺を短く出来ることは大きなメリットでしょう。逆に、キャラクターイメージとアバターイメージがずれるようにすれば、ミステリー作品で犯人をカモフラージュするといった使い方も可能です。
このように、アバターの選択は単なるキャラクターデザインの域を超えて演出にまで影響を及ぼします。そのことを念頭に置いて、起用するアバターを選択してください。
続いては、「キャラクターデザインの分担」についてです。実際の映画では、キャラクターデザインは専門の担当者がおり、監督やスタジオとの協議の中でデザインを決定していきます。VRChat映画においても、そのように分担しても構いません。しかしながら、筆者は敢えてキャラクターデザインの一部を個々のキャストに任せることを提案したいと思います。これは、作品制作を円滑に進めるうえでの裏技のようなものです。
VRChat映像制作の成否は、制作工程をいかに仲間内で楽しめたかどうかに懸かっていると言っても過言ではありません。何度か修羅場を乗り越えたチームであれば、必ず監督が成果をまとめ上げてくれると信じて黙々と職人的に制作をすることもできるでしょう。ですが、そうでない場合は、制作のストレスを軽減する(≒楽しさへ転じる)工夫が不可欠です。そのために、たとえ一般的な映画制作においては無駄や越権行為に思えることでも、個々のメンバーに任せるというのが重要だと筆者は考えます。
これまでのコラムで紹介してきた作品企画や脚本執筆は、(残念ながら)特殊技能です。筆者はそれでも正当な教育を受ければ誰でもできることであると信じていますが、現実的にはこのゼロをイチにする過程を担える人というのは限られています。そのため、任せようと思って誰にでも任せられることではないですし、無理強いは重荷になります。
一方、アバターの改変であればほとんどのVRChatプレイヤーは基本技能として習得しています。つまり、キャラクターデザイン工程というのは、VRChat映画において唯一、全てのスタッフに自己表現のチャンスがある制作プロセスなのです。もちろん、作品のクオリティコントロールに関する全権は監督ないし原作者にあるのは大前提ではありますが…
(3)コンセプトアートを準備する
コンセプトアートとは、作品全体の雰囲気やデザインのトーン&マナーを視覚化して伝えることが目的のビジュアル素材で、多くの場合は静止画(イラスト)で用意します。特にロケーションやシーンの具体的なイメージを定める際に使用され、制作全体の流れで言うと、多くの場合は脚本執筆とコンテ制作の間に位置します。本来の映画製作では専門のクリエイターを迎えるほどに重要な工程ですが、かなりの手間と費用が掛かり、突き詰めると到底趣味活動の範囲に収まらなくなってしまいます。そのためVRChat映画においては省略される事の多い準備で、筆者も1作品のために2~3枚用意するか、或いは全く用意しない場合もあるといった具合です。
とはいえ、コンセプトアートがあるのとないのとでは世界観のイメージの広がりが全く違います。そこで今回は、VRChat映画ならではのコンセプトアート準備方法をご紹介したいと思います。作成したキャラクターのアバターを、撮りたい世界観に近いイメージのワールドに持ち込んで写真を撮ってみてください。フォトストーリーを作るようなイメージで、何枚か連続写真を撮れると尚良いです。キャラクターデザインにおいて販売アバターが参考になるように、コンセプトアート作りにおいてもパブリックワールドや販売アセットが大いに参考になります。
そのままそのワールドで本番の撮影をしても構いませんし、そこから着想を得て自分でワールドを作ってみるのもよいでしょう。撮った写真は、コンテ代わりに使える場合もあります。「作品の世界観やイメージを広げる」という点では、これも立派なコンセプトアート制作です。もちろん、パブリック公開されているワールドの中には残念ながら違法にリッピングされたものも存在するので注意が必要です。そのあたりの心構えについては、、第12回にてお話しします。
(4)撮影準備は最終段階へ
大変長くなってしまいましたが、いわゆる創作論的な座学は今回で終了です。撮影前の準備で残すところは、実際にUnityを使用した作業のみ。次回・次々回は、映画撮影に適した「アバター」と「ワールド」の準備方法についてお話しします。
おまけ:こりゃ悔しい!のコーナー
コラムの最後に、筆者が「こりゃ悔しい!」と感じたまだ見ぬ名作VRChat映像作品をご紹介いたします。
第10回:Ghost Runner Myun(TAIITYAN監督/2023)
第2回VRCムービーアワードに応募された作品で、惜しくもノミネートには至りませんでしたがカメラワークが大変印象的な作品でした。VRChatはデフォルトでドローンカメラを搭載している影響か、派手なカメラの動きを取り入れた作品を取り入れた作品が多いように思います。
一方、筆者は不要なカメラの動きは避けるべきだと考えています。映画において見せるべきものはあくまで物語であって撮影技術ではないのですから、ストーリーの理解を妨げるほどのカメラの動きは却ってノイズになってしまいます。その点、本作は全てのカメラワークに必然が見える点が非常に良かったです。撮影技術を誇示するのではなく、被写体を見せることに注力したカメラワークからは、学ぶべきものが多くあるように思いました。
映画プロダクション「カデシュ・プロジェクト」代表のだめがねさんのVRChat映画制作するために必要なことをまとめた連載企画。第10回では、必須ではないものの複数人でやるなら用意したい準備について紹介。