VRC〈ブイチャ〉で映画を撮る前に… 【第5回】最高の敵キャラクターとは何か? その①

映画プロダクション「カデシュ・プロジェクト」代表のだめがねさんのVRChat映画制作するために必要なことをまとめた連載企画。第5回では、敵キャラクターの造形3パターンのうち1つ目を紹介。

5.映像作品作りの前に────敵を作ろう

前回からは、プロット執筆に欠かせない要素であるキャラクター作りについてご紹介しています。第4回で触れた主人公の造形に引き続き、今回は敵キャラクターをどのように作っていくかについて考えたいと思います。なお、必ずしも単一のキャラクターとしての敵が存在しないパターンの物語を作りたい方もいらっしゃると思います。もちろんそういった物語の形式もアリですし、オスカーに名を連ねるような深い人間ドラマを題材とした作品は、往々にして敵味方という単純な二項対立では語れません。そういった題材をどう処理するかについては、第7回でご紹介します。

さて、主人公の造型について説明する中で、何度か敵についての言及がありました。人間型にしろヒーロー型にしろ、緩急のある良いドラマを作る上では魅力的な敵キャラクターが大きな助けになります。敵キャラクターは、主人公の次に重要なポジションのキャラクターであり、また多くの場合作者の考えが主人公以上に反映されるキャラクターです。その人格や目的、主人公の属性や置かれている状況によって適した内容が決まってきますが、概ね3パターンに大別できます。今回はその中の1つ目、主人公が「これから戦い始める」場合の敵キャラクターをご紹介します。

★余談ですが、多くの場合映画においては「3」がキーワードになります。ひとつの映画の中には三幕構成が隠れていますし、そうして三幕構成で作られた映画は多くの場合三部作でひとつのシリーズを構成します。そういう視点で作品を観てみると、また勉強になります。

(1)敵キャラクターはあくまで主人公描写のスパイス

敵キャラクターの造形を行ううえで、どのパターンにも共通する最も重要なことを最初にお伝えします。それは、「敵キャラクターを主人公と勘違いしない」ということです。先ほどの話にも繋がりますが、敵キャラクターは作者の生き写しとなる場合が多いです。そのため、造形を行っているうちに楽しくなってしまい、本来主人公に持たせるべき要素や設定まですべて敵キャラクターに詰め込んでしまう場合が多くあります。これでは物語の主従が逆転してしまい、本末転倒です。物語のコンセプトに最も沿ったキャラクターはどのような場合でも主人公であるべきですし、敵キャラクターはあくまでそのアンチテーゼです。もし敵キャラクターの造形の方がどうしてもはかどってしまう場合は、作り直しを恐れずに敵キャラクターの方を新たに主人公へ据えた物語を考えてみてください。往々にして、その方が円滑に制作を進められます。それを念頭に置いたうえで、以降のテキストを読み進めて頂きたいと思います。

(2)主人公が「これから戦い始める」場合

これは多くの場合、人間型主人公に当てはまるパターンです。主人公がごく普通の人生からドラマチックな人生へと転じてゆく過程を描く場合、主人公と同じ能力や境遇を持ったキャラクターが敵として最適です。なぜなら、主人公の英雄性がその力や天性の才能ではなく、「それを正しい目的のために役立てようとした人格」にあることが描けるからです。三部作のシリーズ映画などでは概ね一作目の敵がこれに当たりますが、1作きりで完結する映画も多いことを考えると、最もオーソドックスな敵の作り方であるとも言えます。ここからは、実際の映画に置き換えて考えてみましょう。

★『キャプテン・アメリカ/ザ・ファースト・アベンジャー』(ジョー・ジョンストン監督/2011)

マーベル・シネマティック・ユニバースをはじめとする近年のアメコミ映画(特に、ディズニーによる買収後の作品)は、非常に勉強になります。世界で最もセンスがあると言われるクリエイターたちが、商業的に絶対にハズせないという使命を背負って映画を作っているがゆえに、「赤点を取らないための工夫」が随所に施されているからです。そのため、どの作品もほぼセオリーに則って作られています。

典型的なのが『キャプテン・アメリカ』シリーズの1作目、『ザ・ファースト・アベンジャー』です。第二次大戦下のアメリカ――ひ弱だが正義感の強い青年スティーブ・ロジャースは、愛国心に燃え従軍を目指して何度もテストを受けています。病弱な彼はテストに落ちてばかりですが、そんな彼の正義感に目を付けた軍の秘密チームにより、人間を強化する薬品『超人血清』の実験台に選ばれます。こうして筋骨隆々で常人離れした身体能力を持つ体を手に入れたスティーブは「キャプテン・アメリカ」となる…というのが、この作品のあらすじです。

そんなキャプテン・アメリカの敵となるのが、ナチス・ドイツの秘密部隊に属するヨハン・シュミット=レッドスカルです。キャプテン・アメリカを誕生させた血清の開発者は実は元々ドイツから亡命してきており、その血清の試作品でシュミットも超人になっていたという設定です。ご覧の通り、ひ弱な青年スティーブがキャプテン・アメリカになるという「これから戦い始める話」には、同じ血清で超人的なパワーを得たレッドスカルという「同じ力を持つ敵」があてがわれています。作中でもたびたび語られていた「スティーブは力ではなくその精神性によって超人血清を背負うにふさわしい人間として選ばれた」ということを、レッドスカルとの対立の物語を通して証明しているというわけです。

マーベル映画はことごとくこの法則に則って作られており、先に紹介した『アイアンマン』では、主人公トニー・スタークのテクノロジーを流用したアーマーを着たアイアンモンガーが、『マイティ・ソー』(ケネス・ブラナー監督/2011)では主人公であり雷神でもあるソーの義兄弟、同じ神であるロキが敵として起用されています。

これはマーベル映画やスーパーヒーロー映画に限った話ではなく、『ジュラシックワールド』(コリン・トレヴォロウ監督/2015)では、主人公オーウェンの相棒であるヴェロキラプトルの遺伝子を持った人造恐竜、インドミナス・レックスが敵に選ばれています。人間が恐竜を手懐けるという同じ試みの中で、人間と信頼関係を築いた者と築けなかった者の戦いとも言えます。こういったセオリーをまるで無視して作られていそうな『TENET テネット』(クリストファー・ノーラン監督/2020)すらも、時間逆行装置「アルゴリズム」を悪用するセイターと対立していたのは、結局同じく逆行を使って世界を救おうとする未来の主人公自身でした。

当てはまるものの変則的なパターンでは、『007/カジノ・ロワイヤル』(マーティン・キャンベル監督/2006)が挙げられます。本作でイギリスのスパイであるジェームズ・ボンドと敵対するのは、ル・シッフルという反社会組織の手先です。彼らは作中で初対面であり特に因縁もないのですが、実際のところ作中で起きた事件の裏で(不本意ながら)手を引いていたのは、ボンドと恋に落ちるヴェスパー・リンドでした。つまるところ、敵は同じく身分を欺いて任務に就くスパイだったわけです。本作のように、慣れてくればこのパターンを応用して、単なるエンターテインメントに留まらない深いドラマを作ることもできます。

(3)選択こそがキャラクターを創ること

今回は、最もオーソドックスな敵キャラクターの造形についてご紹介しました。最後にもう1点、敵キャラクターを創るうえで重要な視点をご紹介します。それは「選択」を描くことです。物語において重要なのは、設定ではなく行動です。仮に「勇者」と「魔王」という設定を与えても、それだけで主人公と敵を創れたとは言えません。作品のコンセプトとなる命題に対して、適した選択をしたがゆえに主人公は主人公となり、そぐわない選択をした(あるいは、適した選択ができなかった)がゆえに敵は敵となるのです。

キャラクター創りの過程は、大変ですが楽しいものです。それゆえ、ともすればメモ帳に身長や体重、一人称、決め台詞などを並べてキャラクターを創った気になってしまいます。これはこれで素敵な時間ですが、いざ物語を作ると決めたならば、それは卒業しましょう。キャラクターは、ステータスの羅列ではなく選択の過程を描く物語によってのみ語り得ると筆者は考えます。たっぷりとステータスを与えてあげたキャラクターたちが、人生の岐路に立たされた時にどう「行動」するのか…?じっくりと考えて、自分だけのキャラクターを育ててあげてください。

次回は、敵キャラクター制作の第二段階──主人公が「既に戦っている」場合の敵キャラクター造形についてお話します。

※9月30日(月)は休載いたします。次回更新は10月3日(木)です。

おまけ:こりゃ悔しい!のコーナー

コラムの最後に、筆者が「こりゃ悔しい!」と感じたまだ見ぬ名作VRChat映像作品をご紹介いたします。

第5回:留守番メッセージ/原題:VOICEMAIL(Khangaluwu監督/2022)

現状のVRChat映画界の中で、最大の規模と視聴回数を誇る北米のスタジオ「Metacosm Studios」が手掛けた短編ホラーです。内容の面白さは言わずもがな、本作はプロモーションの観点から学ぶべきことが非常に多い作品です。というのも、本作は北米のスタジオで制作された作品でありながら完全日本語字幕対応をしているほか、YouTube上でのタイトルも日本語圏では日本語のタイトルが表示されるよう調整されています。これはMetacosm Studiosの他の作品でも同様です。別の短編作品『もし、VRChatでミラーが違法になったらどうなるか?』はその甲斐あって日本での認知度も高く、第1回VRCムービーアワードの短編作品賞を受賞しました。

このコラムを読んでいただいている方は日本語圏在住の方がほとんどだと思いますが、だからといって日本語だけで作品を作っていては、最大で1億数千万人ほどの観客しか獲得できません。一方、英語字幕を付ければ、実際に観てもらえるかはともかくとして一気に数十億人へターゲットが広がります。第一言語だけでも潤沢な観客を獲得できる英語圏のスタジオが多言語対応に取り組んでいるのですから、我々も倣うべきだと筆者は考えます。それに、

せっかく異文化交流の盛んなVRChatで作品を作っているのですから、その強みを活かさないのは勿体ないでしょう。字幕対応は既に公開済みの作品でも行えますので、是非ご一考ください。

ABOUT US
だめがね
2020年、VRChatを開始。VR空間での映像撮影に可能性を見出し、クリエイターチーム「カデシュ・プロジェクト」を結成。 同スタジオの代表を務める傍ら、デザイナーとしても活動する。映画監督としての代表作に『プロジェクト:エメス』『掌』、 アートディレクターとしての代表作にVRChatワールド『Tokyo Mood by BEAMS』がある。