12.映像作品作りの前に――――映像撮影用ワールド制作 虎の巻
全12回にわたってお届けしてきた撮影の事前準備も、いよいよ仕上げです。今回ご紹介するのは、撮影のためのワールド制作についてです。ワールドは、VRChat映画に最も欠かせない要素です。ワールド紹介動画のようにアバターが映らない作品というのはあり得ますが、ワールドが必要ないVRChat映像作品は存在し得ません。
自作にしろ公開ワールドを借り受けるにしろ、映像を作るうえでは必ずワールド作り・あるいはワールド探しと直面することになります。今回は、「公開ワールドの活用」と「自作ワールドの制作」という2つの側面から、VRChat映画に適したワールド作りについてご紹介いたします。
(1)映像制作には公開ワールドを活用しよう
撮影用ワールドを作るにあたって最初にお伝えしたいのは、「ワールドは可能な限りパブリックにアップロードされているものを使おう」ということです。あまりに本末転倒に思えますが、本コラムはVRChat映像制作の初心者に向けて執筆しております。
一方で、ワールドを自作し始めると、映像制作は急激に難易度が上がります。ワールドはアバター以上にいくらでも凝ることができてしまいますし、万が一フルスクラッチで制作するとなった場合、制作物の数はアバターと比較になりません。このような理由で、筆者は公開ワールドの活用を推奨しております。
幸いパブリックにアップロードされたワールドについては、VRChatの規約により公開した時点で映像への使用が許諾されているというルールになっています。そのため、作品にぴったりの公開ワールドがあれば、特に制作者へ許諾を得ることなく映像へ使用することができます。
こうしたワールドを効率よく活用することで、VRChat映画の制作難易度を大幅に下げることができます。ワールドの探し方は、基本的にはゲーム内の検索画面から探すほかにありません。しかし、効率の良い探し方もいくつかありますので、そちらをご紹介いたします。
●ポータルワールドを活用する
VRChat内には、複数のワールドについての情報やポータルをまとめた「ポータルワールド」というものが存在します。これらの中には日本人向けのものもありますし、ワールドのジャンルや雰囲気に応じてインデックスが付けられていることが多いので、ただワールドを検索するより一段と探しやすいです。例をひとつご紹介いたします。
●タグを活用する
VRChatのワールドにはワールド名の他に、そのワールドの持つ属性やジャンルを端的に示した「ワールドタグ」があります。ワールド名に直接ジャンルや要素を含めていないワールドも多くありますので、タグを活用すると検索がスムーズに行えます。
●英語で検索する
笑ってしまうほどシンプルな解決法ですが、意外と馬鹿になりません。VRChatはアメリカ製のゲームで、いくら日本人コミュニティが拡大しているといっても圧倒多数は英語圏のプレイヤーです。目当ての要素を示す英単語で検索するだけでも、日本語で検索した時よりたくさんの候補を得ることが出来ます。ワールドに限らず、脚本やコンテのリファレンス探しにも活用できる方法です。「資料に困ったら英語で調べる」ことを習慣づけてみてください。
(2)公開ワールドを使用するうえでの注意
しかし、自由に活用してよいとは言っても、気を配った方が良いことというのは当然あります。ひとつは、「映像内でのワールドの用途」です。基本的に、空港ワールドを空港として使用したり、森のワールドを森として使用したりする分には全く何の問題もありません。重要なのは、「ワールドを1つの作品として考えたときに、リスペクトを欠く使い方をしていないか?」ということです。
例えば、公開されている民家のワールドを、映像作品中で「殺人犯が元々住んでいた家である」という設定で使用する場合などは注意が必要です。ワールド自体を誹謗中傷している訳ではありませんが、ネガティブなイメージを抱かせる可能性があります。VRChatのクリエイターコミュニティは思いのほか狭いですから、無思慮な表現で思わぬトラブルを招いてしまうことは、以降の制作活動に悪影響を及ぼしかねません。
上記のような例は極端ですが、「リスペクト」という観点では意外なところに落とし穴がある場合もあります。例えば、ロールプレイ組織の拠点ワールドを作中で他組織の拠点として使用したり、ホラーワールドを別のホラー映画のロケ地として使用したりする場合です。
こういったワールドは通常のワールドより一層物語性が強く、制作者も自身の世界観を持って制作を行っています。それらを別の世界観で上書きしてしまうことは、トラブルの原因になり得ます。もし行う場合は、制作者に連絡を入れることを検討しても良いと思います。
繰り返しになりますが、本来は映像撮影にあたって特別な許諾は必要ありません。上記は全て、映像制作側が厚意として行うプラスアルファでの配慮です。「規約で許されているのだから問い合わせは一切不要である」というストロングスタイルも筆者は否定しませんが、柔よく剛を制すといいますから、特にこれから映像を制作される方は不要なトラブルは避けるよう動くのが吉です。
公開ワールドを借り受けるうえで注意すべき2つめのポイントは、「そのワールドがリッピングワールドではないか?」ということです。リッピングワールドとは、市販されているゲームのデータやVRChat内で他の著作者が制作したワールドを不当な手段で入手し、自身のワールドとして公開しているものです。いわゆる「ぶっこ抜きワールド」と呼ばれるものがそれに当たります。
VRChatの規約では、アバターを含めリッピングコンテンツはアップロード者に責任があるとしており、それを二次的に使用してコンテンツを制作しても制作者側に責任がないという考え方もあります。しかし、それでも筆者はリッピングワールドを使用して映像作品を制作することは避けるべきだと考えます。
これを読んでVRChat映画の制作を目指している方はほとんどが日本語話者の方だと思いますが、日本の市民感情を鑑みると、この理論で道義的な責任を免れることはかなり難しいからです。はなから嫌われることが分かっていて作品を作るのは、なんとも悲しいことだと思いませんか?物語とは感情を描くものですから、仮に「お気持ちによる萎縮」のそしりを受けてでも、他者の感情には敏感であるべきです。特にVRCムービーアワードへの出展を目指す場合、審査団はリッピングの有無について重点的に調べておりますので、失格となる可能性が非常に高いです。
しかしながら、リッピングワールドを避ける確実な方法は残念ながら存在しません。「異様にワールドサイズが大きい」、「ゲーム用の内製シェーダーが外れて、透過物などの描画がおかしくなっている」といった違和感を探していくことはできますが、そのコンテンツを知らなければ見抜けないことがほとんどです。大変理不尽ではありますが、「出所が明白な有名ワールドクリエイターの作品を使用する」、「同様のアセットが販売されていることを確認する」といった受動的な方法で回避することしかできないのが現状です。
(3)撮影用ワールドを自作する
公開ワールドの活用を推奨しておきながら、そのリスクばかりをご紹介してしまいました。しかし、残念ながら上記は全て事実として存在している問題です。それらを踏まえると、アセットを使用したセミスクラッチや、完全にゼロからモデリングを行うフルスクラッチでロケーションを制作したいと考える方もいらっしゃると思います。しかし、撮影用ワールドは通常のワールドと大幅に勝手が異なります。制作する上で注意すべき点について、いくつかご紹介したいと思います。
まずは、「コライダーの入れ方」です。これまでの作品制作の経験から、基本的に撮影用ワールドのコライダーは「床板1枚のみ」が理想であると筆者は考えています。VRChatの仕様上、コライダーへの干渉は単に動きが止まるだけでなく、アバターの震えやトラッキングの停止など様々なデメリットがあります。仮に壁に手をつくようなシーンを撮る場合、これらの様々なデメリットの隙間を縫ってコライダーに手をつくぐらいなら、現実の壁とゲーム内の壁の位置を合わせ、コライダーのない壁に手をつくほうが圧倒的に確実かつ楽に目当てのシーンを撮影することができます。
とはいえ、ピックアップオブジェクトを使用したい場合などは、コライダーが必要になる場合もあると思います。何もコライダーが入っていないと、持ち上げられるオブジェクトは机を貫通して床まで落ちていってしまいます。その場合は、Unityのレイヤー機能を活用してください。コライダーを入れるオブジェクトのレイヤーをPickupのみにすることで、演者には干渉せずオブジェクトだけを受け止めるコライダーを設置することができます。
撮影に最適でないコライダー設定のもとでの撮影は、特にカメラマンへ非常にストレスがかかります。Unity Asset Storeで販売されているアセットなどは、時に小さな小さなオブジェクトに至るまで念入りに全てコライダーが入っておりますので、これらは是非ワールド制作者の責任として丁寧に抜いてあげてください。(もちろん、本来ゲームなどで使用する場合は、コライダーが入っている方が好都合であることは言うまでもありませんから、アセットの制作者には何の落ち度もありません。)
次にお伝えしたいのは、「ポストプロセスの活用」です。ポストプロセスとは、Unityに標準で搭載されているビジュアルの加工システムで、色彩の調整や明るさの調整など、様々な機能が搭載されています。VRChatのワールドは、このポストプロセスを活用して大きく質感を向上させることができます。以下に、その具体例をご紹介します。
物体が持つ細かな陰影を計算してくれる機能です。ただライトを置いただけでは難しい陰影表現が出来るようになりますが、VRChatでの使用は本来推奨されていないことに注意が必要です。マテリアルによる描画を無視して物体のメッシュ構造に沿って影をつけるため、例えば白目部分を凹ませることで表現しているようなアバターは、くぼみに沿って影が入ってしまい、却って見栄えが損なわれてしまいます。アバター側で対応することも可能ですので、適宜調整のうえ活用してください。以下は、有志がその方法を具体的に紹介してくれている例です。
ワールド内での動きに対して、ブラー(いわゆる手ぶれ、オバケ)をかける機能です。激しい動きのリッチさが大幅に増すため、アクションシーンを撮るなら必須と言っても良いと思います。筆者は、激しい肉弾戦のある『プロジェクト:エメス(だめがね監督/2021)』でこれを導入しておらず、大変後悔しました。ただ、ワールドにいるプレイヤーの視界にも影響を及ぼすため、撮影が長時間に渡ると酔いやすい点は注意が必要です。
発光マテリアルに、ぼやっとした光彩をかけることができます。光の拡散具合や輝度などを細かく調整できるほか、マテリアル側でも光り具合を調整できます。VRChat映像作品の大型タイトルではほとんどの場合使用されているほか、人気のあるワールドもかなりの割合で導入している、ポストプロセスの基本的な機能です。
ワールド内の色の濃淡や明るさ、全体的な色調を調整できる機能です。本来、映像作品に対するこういった加工は撮影後の編集時にかけるのが主流です。撮影以後の工程は全て撮れた映像をベースに進んでいくので撮影段階で激しい加工をかけることはお勧めしませんが、「撮れの時点で濃淡がついていないと綺麗に映らない」といった場合は検討してみても良いと思います。
続いてご紹介するのは、テクスチャの圧縮です。市販のアセットを使用する場合、テクスチャは未圧縮の2048px×2048pxサイズになっていることが多いです。これをそのままアップロードすると、大変なワールド容量になります。撮影中にモノの位置や天候の変更などで度々ワールドアップデートをかける場合、これらの容量はワールドの更新にあたっても、演者の移動に当たっても大きな時間的損失になります。
映画はHDないしQHDサイズで制作される方がほとんどだと思いますから、画面解像度以上の大きさでテクスチャを入れていても基本的には意味がありません。こちらもワールド制作者の責任として、丁寧にテクスチャを圧縮してあげてください。
最後にご紹介するのは、「オブジェクトのオンオフ」についてです。映像を撮影していると、必ずと言っていいほど発生するのが「位置関係に嘘をつかないと目当ての絵が撮れない」という場面です。例えば、机の天面にカメラを配置し、手前に食器を舐めながら奥の人物を映したい…と言った場合、別のシーンで配置していた食器をどかさないと綺麗に撮れないことがあります。
一見すると悩ましい場面ですが、プロの現場では容赦なく邪魔な小道具を動かしてしまうそうです。これらは「盗む」といって立派な撮影技能のひとつですが、VRChat映画ではさらに進んだ「盗み」が可能です。例えば、ビルの壁の一部やビルそのものにオンオフのスイッチを仕込めば、壁自体を盗むことが可能です。狭い路地を歩いていく様子を横から追いかけたい時などは壁が非常に邪魔ですが、この技法を使えばこういったトリッキーなシーンも容易に撮影することが可能です。
方法は単純で、BOOTH等で配布されているオブジェクト用のスイッチの中にセットの一部を仕込むだけです。技法というにはあまりにシンプルですが、威力は絶大です。特に間取りを自由に決められないセミスクラッチのワールドなどでは大変な効果を発揮します。
(4)いよいよ撮影へ
今回のコラムで、ついに企画・脚本・キャラクター・アバター・ワールドが揃いました。
ここまで来たら、あとは映像を撮るのみです。次回からは撮影チームの組織・運営、実際の撮影技能、特に撮影が難しいシーンの攻略法などをご紹介いたします。
おまけ:こりゃ悔しい!のコーナー
コラムの最後に、筆者が「こりゃ悔しい!」と感じたまだ見ぬ名作VRChat映像作品をご紹介いたします。
第12回:「POP-UP⬆︎LABO in アフマ大陸」大迫力ライブ映像!(新 arata監督/2023)
本作は、ストリーマーの訪問でも記憶に新しいワールド「アフマ大陸 AFMA CONTINENT」にて開催された音楽ライブの様子を収録したものです。映像自体はシンプルなのですが、本作は今回のコラムでも触れた「他者の作品へのリスペクト」「権利問題の解消」という点で非常に優れていました。本作でフィーチャーされているライブでは商業楽曲がふんだんに演奏されており、一見すると権利面で奔放な作品であるかのように見えます。
筆者はVRCムービーアワードの審査員として応募作であった本作を鑑賞したのですが、失礼ながら真っ先に権利侵害を疑ってリサーチを行いました。その結果、演奏楽曲が全てJASRACの管理楽曲であること、また応募者自身によって権利処理が適正に行われていることの確認が取れました。惜しくも受賞とはなりませんでしたが、この優れた権利意識はリスペクトに値するものでした。近年では、ワールドそのものがJASRACと包括契約を結び、その中での商業楽曲を用いたライブ・DJ等を合法的に行えるようにしている例もあると聞きます。人口が増え、もはや黎明期を過ぎたVRChatですから、そこで作品を作る我々もクリーンな作品制作を心掛けたいものです。
映画プロダクション「カデシュ・プロジェクト」代表のだめがねさんのVRChat映画制作するために必要なことをまとめた連載企画。第12回では、映画撮影用ワールドについて紹介。